「異聞・戦国録-外伝-」EPISODE・壱-5 半Be先生作

 太田康資が軍を率いて蘇我砦に着いたのは翌四月十三日の正午近くである。包囲陣も無く半壊した砦を見、康資は歯軋りした。
「おのれ。反乱勢めが!」
そして、全軍に砦へ向かって全軍進みように命じる。

 砦でも、着々と迎撃の態勢は整っていたが、迎撃するのは最後の手段ということになっていた。まずは捕虜の引渡しと共に上総下総からの撤退を承諾させるのが目的である。それが叶わなかった場合に戦うということになっていた。
 康資軍が砦に近くなると、紋次郎はおめぐを傍らに砦の外に向かって叫んだ。
「康資!もはや蘇我砦は我々のものじゃ!このままおとなしく北条領内に退却すれば、この上総介おめぐ殿を始めとする、捕らえたものを開放する!だが、あくまで戦うというのであれば、皆殺しじゃ!」
「フン!若僧がよく言うわ!何故捕らえているのが上総介おめぐなのじゃ!佐々木守将はどうした!」
「守将殿は、落城の責任を感じ、自害いたした!」
その話を聴いて、康資はグッと怒りを堪える。そこへ数人の配下を従えた将が駆け寄ってきた。
「おめぐ殿!無事であるのか!」
その声におめぐは反応し、声を上げる
「叔父上!」
駆け寄ってきた将は、おめぐの叔父大厩岱輝であった。
「康資殿、この上はいち早く停戦し、城内の捕虜を解放してもらいましょうぞ!」
その声に康資はこう呟いた。
「裏切ったのでは…。」
「……!?」
「守将が守っていたのに砦が落ちたのは、おぬしら上総国人衆が裏切ったためではないのか?」
「ま、まさかそのようなこと!あるはずがございません!!」
「それが証明できるか?あのおぬしの姪も芝居かもしれんしなぁ。んー?」
「そのようなこと!!」
「えーい!上総の国人衆など重用したわしが馬鹿だったわ!逆らうとあらば、容赦せぬぞ!」
康資は蘇我砦を攻めるように決めたようである。それに岱輝は食い付く。
「お待ちください!何卒!!なに…。」
そう言った瞬間、康資の刀が岱輝の首を貫いた。岱輝はそのまま馬から落ちた。それを見たおめぐは叫んだ。
「叔父上!!!!!」
岱輝の骸はすぐに何処へと運び去られた。そして、ただ事でなかったのは岱輝の配下である。
「な!何をなさいます!」
「逆らえば容赦はせぬと言ったぞ。」
「されど!…!!」
配下がそう言ったとき、康資の刀が再びその将の首に迫りわずか手前で止った。
「お主。名はなんと言う?」
「……か…兜太郎丸と、申します。」
「そうか。では太郎丸!大厩家は今からおぬしのものじゃ。指揮をせよ!」
「……。」
「よいな…。」
刀がやや、太郎丸の首に触れる。
「は…。」
「よし!では、おぬしらが配置に付き次第、総攻撃じゃ!!」
「……。」
太郎丸達は黙って頭を下げると自軍へ戻っていった。その間、大厩岱輝の配下のもう一人、大谷宝が兜太郎丸に言う。
「太郎丸殿、いかがいたすのじゃ。殿が。。。」
「うむ。。。許さん!康資!!宝殿、我が大厩軍は北条軍の背後を突く!」
「分かり申した。砦方が状況を把握して上手く出てくれれば、挟撃できますな。」
「そうじゃ。そして、上総介おめぐ殿をなんとしても救出するのじゃ。」
「はい…。そうでなければ、大厩家の残された我々は行くべき所が無くなってしまいますからな。」
そう話しながら、二人は自軍へ急いだ。

 砦では、康資が総攻撃をかけてくると判断し、篭城の準備を完成しつつあった。紋次郎と半兵衛は砦の外を見、相手の出方を伺うことにした。
やがて、康資率いる北条軍が更に近付いてきた。二人にも段々と緊張が迫ってきたその時である。北条軍の後方が乱れ始めたのである。
「なんじゃ?」
「仲間割れか…。恐らく先ほどの上総介殿の叔父の軍だな。」
それを聴いたおめぐは突然暴れだした、
「放せ!撃って出る!」
それを抑えながら紋次郎が言う。
「何を言っておる!おぬしは捕らわれの身ぞ!放すわけが無かろう!」
「違う!攻めるのは、叔父の仇!太田康資じゃ!!」
その話に半兵衛が尋ねる。
「では、上総介殿は北条軍を裏切るのですな。」
「裏切るも何もあるものか!あのような者、上総に入れる訳にはいかん!」
そう話すおめぐの表情を見ながら半兵衛は言った。
「紋次郎殿、放してやりなされ。もう我らの味方のようじゃ。」
「しかし…。」
「大丈夫。万が一は私が責任を取る。」
そう言われ紋次郎は多少渋りながらもおめぐを開放した。半日ぶりに自由になったおめぐはすぐさま走り出そうとしたが、今度は半兵衛に腕をつかまれ自由を奪われた。
「何をする!」
「まだ、撃って出てはいけません。」
「何!?」
「戦には機というのがございます。今砦から撃って出ても、敵の軍が近すぎて逆に砦に攻め込まれてしまう可能性があります。ここはもう少し様子を見、敵が後輩を突く大厩勢にもう少し向かって行ったら、気に砦から突撃し挟撃するべきです。その時は相手を壊滅にまで追い込めるはずです。」
それを聞いて俄然張り切るのは木枯紋次郎である。
「よし!では、その機が来たら半兵衛殿よろしく頼みますぞ!」
言いながら紋次郎は身体を軽く動かし始める。すると今度はおめぐが言う。
「紋次郎殿、未だ縄を解かれていないものは我が家臣と兵が殆どです。彼らも戦に参加させて欲しいのですが。」
「ううむ。戦には数が大いにこしたことは無いからな。いいであろう?半兵衛殿。」
「そうだな。では、その旨はおめぐ殿に任せよう。」
こうして、更に開放されたおめぐの軍が砦方となった。

 砦の外の戦は五分五分。大厩勢は裏切りの経緯を声高々に叫びながら戦ったため、他の上総国人達も北条方を攻撃するようになったのである。
「おのれ。国人風情がぁ!つけ上がりおってぇ!!全軍、後方の裏切り国人衆を皆殺しにしろ!!」
康資は叫びながら全軍を後方に向かわせた。
これを見ていた砦方の紋次郎をはじめ、半兵衛は機が来たのを見て取った。
「紋次郎殿。今でござる。万が一に備え砦はこの半兵衛が手勢と共に守りますゆえ思う存分康資の後輩を突きなされ!この戦、勝ちがみえてきましたよ。」
半兵衛は紋次郎にそう言ったのだが、それを聞いて出撃の号令をかけたのは、何と、上総介おめぐであった。
「皆のものー!今こそ砦より撃って出で、太田康資の後背を突くのだ!北条方を追い返せー!!」
そう言いながら、おめぐは駆け出して行ってしまっている。紋次郎は面食らいながらも、
「突撃じゃああああ!!」
と叫びながら、木枯党を率いてそれを追った。

 砦からの参戦によって、康資勢は明らかに劣勢となってしまった。しかし、康資も歴戦のつわものである。突かれた自軍の背後を自らの采配によってようやく建て直しつつある。その混戦の中をおめぐは康資を目標に突き進んでいる。おめぐは女性であるが、その軽くしなやかな身のこなしで、敵兵の攻撃をかわしつつ傷を与えていた。その傷は致命傷になるものではないが、そのあとを家臣の源太郎を始めとする砦方の兵が襲ってくるため結果として、敵兵は二撃三撃めで命を奪われていた。そして、そのやや右前方では、紅の旗指しをしている、紋次郎率いる木枯党がやはり凄まじい勢いで敵を蹴散らしていた。



メール 半Be先生にファンレターをだそう!!