「森蘭丸」第三話.川辺での出逢い 蘭香先生作

「蘭丸様!水浴びのお時間にござりますぞ。はようお越しを...」
乳母に呼ばれて.蘭丸ははっと起きあがった。
暑いので.くで~っとしていたのである。(くでーってなんだよ..)
「水浴びか?」熱はひいたが.また頭がぐらぐらしている。
寝ぼけ眼を乳母に向けた。
「鬼長可の弟君が.何をしておられる。はよう.はようなされよ!」
「....」
ほんとうにだるそうに袴を履き替える蘭丸を見て.乳母はてきぱきと手伝いだした。
「良い.良い!恥ずかしいではないか。兄上に見られたらーー..」

その時。

あいている戸から.兄長可がのぞいてきた。
「ぷくくっ.その兄がここにおるぞえ。童よのう.お蘭は...はー情けない」
長可はまだ.この間の蘭丸がもらった恋文の事を嫉妬(?)しているのだ。
「あっ.兄上....」突如.蘭丸の頬に朱が上る。
すぐさま袴をはき.さきほどの蘭丸とはうって変わってきりっとした表情になった。
乳母が笑うと.蘭丸は急いで乳母をうながした。「さ.いくぞ!!!はようせい!」
と.このような形で.日課の水浴びの支度が出来た。
森家では.午後になると近くの河へ(てきとう...)川遊びに行く。
少し深めのその河で.何分か遊ぶのである。
-蘭丸は乳母と二人.森屋敷からいくらか進み.河の土手を下った....
蘭丸はぼうっとしている。実はとても水浴びどころではないのだ。
いつもはしっかりした蘭丸だが.今日はのぼせ上がったように視線がうつろ。
これは.先月の熱のためである。彼の色白で兄でさえ見とれそうな美貌が街の娘達を魅了し.幼き六つにして恋文を貰った。興奮してしまうのももっともといえるだろう。
しかも.蘭丸は女慣れをしていない--....


「さあ.蘭丸様!」その声で.すくっと立ち上がる蘭丸。
だるい気持ちを断ち切るように.着物を脱いだ。そして.静かな河原の水に足を入れる....
水は.いつもにも増して冷たかった。もうすぐ夏も終わる。さすがにこれには蘭丸もよろける。
そして。すこし深みに入った。もぐろうとした.その時。
枯れ枝???
そう思ったとたん.足にからみついてもう上にあがれない。
ゴボゴボッと空気が出ていきその代わりに水が入ってきた。
2.3.4.5.6.7.8.9.....30.35.36....数える乳母--
出てこない。一度水面に泡が現れただけで.静かになってしまった。
「蘭丸様!!!!?」すぐに事態がわからず.乳母は慌てる。
その背に.馬のひづめのあわただしい音が聞こえた。河原に乗り入れ.音は近づいてきた。
-との.いけません...男達の声が聞こえる。同時に.荒々しく砂利を踏み荒らす音。
「おい.老女よ!」そう叫ばれて.乳母は驚いた。
尾張の支配者.織田上総介信長が自分をきっと見据えていたのだ。
「どうかしたのか?向こうから見ていた」
乳母はやっとのことでかすれ声を出す。
「ら.蘭丸様が....いえ.若が水浴びをなさって.....
もうなんときも出てきませぬ!!織田上総介どの!どうか.....」
そんな乳母の話を終わりまで聞かず.信長はダッ.と走り出し.馬にまたがった。
「殿!?もしやこの馬で河に.....」
「邪魔だてするなぁっ!!!」
言うが早いか.岩づたいに蘭丸のほうへ馬で駆けだしたのだ。
「殿........」
皆々.ただあぜんとするばかりで何もできない。

信長は.上流ゆえに岩の多いこの河を.馬でわたり蘭丸を助けようとしているのだ。
飛翔しながら荒々しく蘭丸の腕をつかむと.あとはもとのように渡って戻ってきた。
「殿.....いくら深いといえども馬で渡るのはちと.....」
家臣の一人が注意したが.いっこうに聞き入れるふうもなく蘭丸を寝かせる。
「信長さま.若は....?」
「黙っておれ」
そして.うなじや背を.とんとん.と叩く。

ゴホ.ゴホッ。(かわいい♪)

と.苦しそうな声がして蘭丸はその瞳を開いた。
「...........?」
「ぼうず.生き返えりよったか」
「蘭丸さま......」
乳母は.ようやくほっとした表情になる。
「私は........」
「おい.名はなんだ」
信長は笑いながらたずねた。
「はっ..?わ.私は森蘭丸長定ともうしまする。あなたさまが.私を助けてくださったのですか?」
しかし.それには答えず信長は.砂利をふみ鳴らしながら馬に乗る--
「森....?森可成が子息か」
「はい。なにゆえに父上を.....?」
くるりと背をむけ.信長は吐き捨てるようにいった。
「わしは信長。織田上総介信長じゃ。覚えておくがよいぞ!」

そして.来たときと同様.またあわただしく去っていった。


蘭丸も呆然として.ほどけた長い髪を束ねる。
「.....織田.信長どの........」

第三話.完



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