三國志VII 奮闘記 13

 

番兵らは眠り薬で眠らせた。
少年は、宝物庫に忍び込み、その壺をじっと見つめた。
「こんなものがあるから…」
少年は、それを持ち上げて、地面に叩きつけようとした。
「いけません」
背後の声に振り返った。
「高坂殿!」
「それを壊してしまっては、今よりもっと乱れた世が訪れるでしょう」
「………」
「それを、本来あるべき場所に戻せば、この戦乱も鎮まりましょう」
「本来の場所?」
少年は、色白の男の話を、興味深く聞き入った。



217年-4月

軍師・法正からの早馬が到着したのは、いやに生暖かい風の吹く夜であった。
は近習の者に肩を揉ませながら、寝台の上に寝そべっていた。
「殿、一大事でございます!」
血相変えて飛び込んで来たのは
紺碧空(こんぺきくう)であった。
こういう時、彼は一番行動が速い。
「何事か」
「長安が…長安が曹操の手に落ちました!」
「………」

長安が度々、曹操軍の襲撃を受けていることはかねてよりの気がかりであった。
が、私は楚・孫策軍との抗争に追われ、荊州から動くことができず、
長安は法正はじめ、兀突骨、董允らに守備を委ねねばならなかった。
長安には10万の精鋭が固く守備し、すでに数度、曹操の侵攻を防いでいたが…。

「ついに落ちたか…」
落ち着き払った私の声に、紺碧空はいらだった声で言った。
「殿、こうなれば漢中の防備を強化せねばなりますまい!」
「うむ、わかっておる。だが長安はすでに都にあらず。
 曹操は天子を洛陽に移したと聞いた。今更長安が落ちたくらいで
 わが軍の地盤は揺るぎはせん。そなたも、帰って休め」

翌日の報告によれば、長安では兵の大半が討たれ、馮習が討ち死に、
傅士仁が降伏するなど、惨憺たる打撃を受けたという。

さらに、追い討ちをかけるような報がもたらされた。
わが軍に揚州の領地をことごとく奪われた楚軍が、
荊州北部の国境に全軍を集結させ、
わが領内である荊州南部へ侵攻の準備をしているというのである。
地図
私は軍議の間に重臣たちを集めた。
「孫策は上庸におったか…」
「建業から北海へ逃れたのではなかったのですね」
「はじめから建業にはいなかった。奴は長安や洛陽に近い
 上庸で機会をうかがっていたに違いあるまい」
於我(おが)諸葛靖(しょかつせい)、太郎丸(たろうまる)らが話している。
「孫策自らが南下して来るとなれば厄介ですな」
「よほどの覚悟を決めて迎え撃たねば」
そんな折、漢中では早くも合戦が始まったとの報が入った。
楚の本拠地・上庸からは黄蓋が出陣、
漢中の厳顔軍9万は、国境にてこれを迎撃中という。
引き続き、襄陽からは孫策軍本隊が江陵へ向けて進軍を開始、
すでに北西数百里の所にまで迫っているという。
「殿、今こそ楚軍との決戦の時かと!」
上総介(かずさのすけ)が意を決したように言う。
「そうじゃ!孫策と決着をつけるべし!」
紋次郎(もんじろう)が叫ぶ。
軍議の間全体に熱気が満ち溢れ、皆の顔も私の出陣の命を
待ち受けているように見える。
「よし。これより全軍にて江夏を発し、新野へ出陣。
 楚軍を叩きつぶし、荊州全土を制圧せよ!!」
「うおおーーーー!」

わが軍は新野へ向けて出陣した。
先鋒は先ごろ仕官なった黄忠、
セバス雨山隊3万。
つづいて
於我(おが)幽壱(ゆうわん)、紺碧空(こんぺきくう)隊5万。
中軍に
紋次郎(もんじろう)、太郎丸(たろうまる)上総介(かずさのすけ)隊4万。
そして
諸葛靖(しょかつせい)許西夏(きょせいか、私の本隊7万が続いた。
折も折、孫策領の最北、宛に曹操軍が攻め入ったという情報が入った。
孫策は後方の守備を手薄にしてまで南下してきたのであろうか。
もし、わが軍に敗れ、宛が曹操の手に落ちれば後はない。
孫策の並々ならぬ覚悟を、私はひしひしと感じた。

江陵では呂蒙軍が孫策軍を迎え撃つも、大軍の前に苦戦中という。
この江夏から江陵へ向かうには新野を落とし、
そこからさらに西を目指さなければならない。
「急がねばな…」
わが軍は敵将・韓当が守る新野城を目指し、進軍を早めた。
新野へは、山を越えるか、迂回して進まなくてはならない。
私は山越えの進路を選んだ。
道は険しいが、ここを越えれば新野を抜くのも近い。

「敵襲!」
敵軍は山あいに兵を伏せていた。
乱戦になった。
私も自ら抜刀して敵兵を斬りふせ、懸命に兵を指揮し、
敵将・孫桓、臧覇らの襲撃を何とかしのいでいた。
その時、すでに先鋒の黄忠隊は韓当の本隊に襲い掛かり、
激戦を展開していた。
そこへ、山を抜けた於我、幽壱、紺碧空隊が押し包み、
韓当軍をさんざんに打ち破った。
しかし韓当、孫桓、臧覇らの敵将はいち早く退却し、襄陽方面へと逃れた。
新野の兵だけでは勝ち目がないと見て、わが軍をおびき寄せるのかもしれない。

「つまり、あくまで孫策の本隊と決戦させようということですな」
「孫策は古の項羽と比せられたほどの名将です。それほど、配下の将らが
 彼に寄せる期待は大きいのでしょう」
「しかし何故、孫策はこれまでわが軍との戦いに出てこなかったのか…」
許西夏と諸葛靖の会話を聞きつつ、私は来るべき決戦に向けて駒を進めていた。

江陵と襄陽の国境付近・長坂坡では、呂蒙軍と丁奉軍が対峙していた。
丁奉軍の後方には、孫策の本隊も控えているらしい。
すでに呂蒙軍は丁奉軍に徹底的に叩かれ、兵の半数近くを失っていた。
援軍が来たと知るや、呂蒙軍は息を吹き返し、歓声をもってわが軍を迎えてくれた。
かくして、わが軍20万と孫策軍14万の決戦が開始されたのである。
怒涛のごとく突撃して
くる丁奉軍を、鶴翼の陣で迎え撃つ。
丁奉軍は、文聘、雷銅、潘璋といった猛将を抱え、すさまじいばかりの奮戦を見せた。
戦いはややわが軍が優勢であったが、突撃すればするほど、
わが軍の被害も増えていった。
半日あまり一進一退の攻防を繰り返したのち、互いにひとまず軍を引いた。

翌日、わが軍はふたたび前進した。
すると、楚の陣営は死んだように静かで、兵の姿はまったく見えない。
夜には煌々とかがり火が焚かれていたのだが…。
「おかしい。様子を見て参れ」
私は、物見に命じた。

「楚軍は長坂橋まで撤退したようです!」
物見の兵らは戻ってくると、口々に告げた。
長坂橋はここから北へ数里の所の河にかかった橋である。
「すぐに追撃しましょう」
私はうなずき、進軍を命じた。
「義兄、これは罠では?」
諸葛靖が私に耳打ちするように言う。
が、私は意に介さず、追撃を命じた。
楚軍の陣跡を通過し、わが軍は狭い山路を長蛇の陣形で進んでいった。

すると、視界が開けた。
数里先には流れの急な河があり、1本の架け橋がかかっているのが見える。
その河向こうに、楚軍はいた。
わが軍が来たのを認めたか、河向こうの軍勢のうちの何割かが、
ぞろぞろと橋を渡りはじめ、わが軍が陣形をととのえるよりも早く、
河の手前に横一列に並んだ。

すると、いきなり後方から喚声があがり、両翼から矢が浴びせ掛けられた。
「殿!楚軍の奇襲です!うわぁ!」
私に報告した兵が矢を背中に受けて倒れた。
「しまった!諸葛靖の言うとおりであった」
楚軍の乾坤一擲の策に、まんまとはまってしまったのである。
細長く陣を伸ばしていたわが軍は前後に分断された。
上総介、紋次郎、太郎丸、許西夏、呂蒙らの率いる後方の軍の様子は
まったくわからなかった。
背後からは楚軍が押し寄せ、前方もまた楚軍によって完全に塞がれていた。
わが軍は反転し、奇襲に応戦した。
矢を浴びた兵らがばたばたと倒れる。
「我は先主・孫堅公の代より戦場に名を馳せたる程普、字は徳謀なり!」
敵軍の老将が呼ばわり、わが本陣めがけて突き進んでくる。
兵らが必死に食い止めようとするのだが、程普の蛇矛の前に次々と蹴散らされる。
「わしは黄漢升じゃ!程普、勝負!」
そこへ、黄忠が出て程普を迎え撃ち、武器を合わせた。

「哲坊、覚悟!」
声に振り返ると、あでやかな軍装に身を包んだ女武将を乗せた馬が
目の前に迫ってきていた。
「く、蔡援紀(さいえんき)…!」
咄嗟に出した剣で、彼女の一撃を受け流した。
蔡援紀は馬を返し、続けざまに私に攻撃を繰り出す。
「何故、私を狙う!」
私はかわしながら叫んだ。
「寝ぼけたことを!」
「お主に執拗に狙われる覚えはない!」
「本当に覚えていないの!?」
一瞬、蔡援紀の力が緩んだ。
私は、彼女の剣を弾き飛ばそうと力をこめた。
しかし、さすがに彼女は達人らしく、その一撃をはねのけた。
「うおりゃー!!」
突然そこへ割って入ったのは於我だった。
「ご主君!お下がりくだされ!」
於我は蔡援紀に向かい、槍を振り上げて叫んだ。

私は、周りを見回した。
雑兵らは懸命に敵兵と闘っている。
黄忠と程普は、激しい一騎討ちを展開している。
幽壱もまた、敵将・文聘と打ち合っている。
諸葛靖は、護衛兵に守られ、敵の猛攻の中、気丈に防戦につとめている。
私は、河の方面を振り返った。
横一列に並んだ楚軍は、まだ動かない。
もし、あれが動いてわが軍を挟み撃ちにされればひとたまりもないだろう。
しかし、その必要はないのかもしれない。
そうでなくても十分に厳しい状況であった。
敵の猛烈な攻撃により、わが軍の兵らはばたばたと倒れ、
河の前で待ち受ける楚軍の方へと押されていた。
このままでは全滅である。
「これが、小覇王・孫策の戦か…」
私はその用兵の鮮やかさに舌を巻いていた。

「力、山を抜き、気、世を蓋う。
 時、利あらず、騅、逝かず。
 騅、逝かず、奈何すべき。
 虞や、虞や、若を奈何せん。」
絶望的な状況の中、やや離れたところから陽気な歌声が聞こえた。
雨山であった。
「四面楚歌の詩か…」
なんという詩を謡うのかと私は苦笑した。

雨山の肩と背中には矢が突き立っていた。
「雨山!」
が、その顔を見ると苦痛は浮かべてはおらず、むしろ楽しげであった。
へらへらと「四面楚歌」を謡いながら槍を振りまわしている。
しかし、その槍は敵味方区別なく突き出されていた。
極限状態の中で、思考が狂っているのか?
「雨山!!」
私は向かってきた敵兵を斬り伏せながら叫んだ。

歌が止んだ。
雨山は敵将の槍を背中に受け、倒れた。
敵将は、潘璋と名乗りをあげていた。
「おのれ!」
雨山の義兄、セバスがすぐさま割って入り、潘璋に斬りつけた。
応戦する間もなく、潘璋は悲鳴を上げて倒れた。
「雨山ー!」
私は、兵をかきわけ、その場へ向かおうとした。
が、敵兵は容赦なく群がり寄り、前に進むことはできなかった。
その間にも、わが軍の兵士は次々と倒れ、数を減らしていた。
私の周りには、わずか数十人の兵しか残っていない。

私はふたたび、河の方を見た。
白銀の鎧に身を包んだ長身の男が、陣頭に姿を現しているのが見えた。
「孫策!」
私は心のうちで叫んだ。

前方、つまり河とは逆の方向から喚声が聞こえた。
楚軍が崩れ始めた。
後方にいた上総介軍が包囲を破って前進し、今度はわが軍と戦っている楚軍の
背後を突く形となったのである。
「哲坊殿!ご無事かー!!」
紋次郎が遠くで呼ばわるのが聞こえた。
私はホッと、息を整え、叫んだ。
「おう!哲坊はここにおる!
 背後は気にするな!前進して上総介軍と合流せよ!!」
わが軍の兵らは士気を取り戻し、反撃に移った。
すると、楚軍は戦意を喪失したか、一斉に後退を始めた。
雑兵らは周囲の森林や小山へと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
しかしわが軍は疲れ果て、追撃をかけようにも動きが鈍かった。
見ると、黄忠は程普を生け捕っていた。
幽壱は、危うく文聘に生け捕られそうになるのを、味方の兵に助けられた。
於我は、蔡援紀をあと一歩のところで取り逃がしていた。

「ドン!」

背後で太鼓が打ち鳴らされた。
そこには、開戦から全く変わぬ状態のまま、楚軍の兵が立ち並んでいた。
その数、数万。
兵力的にはまだわずかに勝ってはいるが、疲れ果てたわが軍が
まともに当たっては厳しい戦いになるのは必定であった。
わが軍は、楚軍と向かい合った。

中央に悠然と立つ馬上の大将が、さっと右手を挙げた。
孫策に間違いない。
すると、左右の兵らが一斉に動きはじめ、
孫策の背後にある一筋の橋に向かい、そのまま向こう岸へと渡り始めた。
実に迅速な動きであった。
わが軍は、それをただじっと見つめているしかなかった。
しばらくして、全軍が渡り終えると、孫策は自分もくるりと馬を返し、橋を渡りはじめた。
橋の中ほどまで行ったところで歩みを止め、こちらに向き直ると、
銀の長槍を構え、再びわが軍を凝視した。
その顔は不敵に微笑んでいる。

「この橋を渡ってみよ、ということか」
いつの間にか、私の側に来ていた紋次郎が前に出ようとするのを
私は押しとどめた。
「貴殿の勝てる相手ではない」
「哲坊殿。項羽の再来といわれた孫策と、わしは勝負したいのでござる」
紋次郎は引かない。
その間に、黄忠がスっと進み出て、長坂橋へ向かって行ってしまった。
「黄忠殿!それがしも行かせてくだされ」
於我が後を追ったが、黄忠は於我を振りかえり、
「お主には無理じゃ。この爺いに任せておけい」
そう叫ぶと、さっさと橋を渡り始めた。
「孫策殿。一時は貴殿に仕えたこの身。恩は忘れておらんが、
 一度は勝負してみたいと思うておった。参りますぞ!」
黄忠は薙刀を振りかぶり、勢いよく斬りかかった。
孫策は相手が黄忠と見て不足なしと思ったか、形相を一変させると、
黄忠の攻撃を長槍で受け止めた。
そしてすぐさま反撃に転じた。
その攻撃はこれまで見た武将たちの誰よりも素早く、力強く見えた。
黄忠も負けてはいない。必死にそれを受け止め、かいくぐり、
合間をぬって攻撃を繰り出している。
当代の豪傑同士、勝負は互角であった。
しかし。孫策は40歳前後と、まだその肉体に若さを残しているのに対し、
黄忠は齢70歳。
長期戦になると、やはり老将・黄忠の額には次第に脂汗が滲み出し、
その動きにも徐々にきれがなくなっていった。
次第に防戦一方となる黄忠に、孫策は容赦なく攻撃を繰り出した。
やがて、孫策の渾身の一撃が黄忠の胴を狙った。
黄忠は咄嗟に身を反らしてかわそうとしたが、孫策の槍は唸って
まともに当たりはしなかったものの、黄忠の鎧を切り裂いた。
衝撃で体勢を崩し、黄忠は馬ごと橋から転落した。
バシャッ!
濁った流れに、黄忠の体はなすすべなく呑みこまれた。
流れは急である。

「ああっ…!」
わが軍随一の猛将・黄忠の敗北に、将兵らは色を失った。
孫策は少し息を弾ませたものの、さきほどと変わりない体勢で待ち構えている。
沈黙の時が流れた。
「くそっ!」
紋次郎が駆け出していった。
「待て、紋次郎!」
私は止めようとしたが、紋次郎は振り返ることなく孫策に突進していった。
「わしは哲坊軍の紋次郎じゃあ!黄忠殿の仇!」
掛け声とともに孫策に打ちかかったが、
孫策は軽々とそれを弾き返す。
紋次郎は意地になって攻撃するが、ほどなくして劣勢になった。
「紋次郎殿!それがしに代われ!」
於我が叫ぶが、紋次郎は攻撃を止めない。
ついに、孫策の槍が紋次郎の青龍刀を弾き飛ばした。
槍が、紋次郎の喉元に突きつけられる。
紋次郎は観念したか、動きを止めて孫策を凝視している。

ぱっ、と鮮血が飛んだ。

孫策の槍が、紋次郎の喉を切り裂いた…

…そうではなかった。
鮮血は孫策の口からほとばしったのであった。
孫策は、ごぼごぼと、口から血を吐き続けながら、落馬した。
その時、橋のたもとまで馬を進めて来ていた私を見て、
一瞬、フッと笑みを浮かべた…ように見えた。

孫策の体は、橋に一度打ち付けられ、ゆっくりと落下し
河に呑みこまれていった。

突然のことに、わが軍も敵軍も、呆然と立ち尽くしたままだった。

やがて、楚軍は武器を捨てて河に飛び込む者、
戦場を立ち去る者が続出した。
神のように崇めていた孫策の死に、動揺が抑えきれないのだろう。
ほどなくして、川岸の兵らは、わが軍にこぞって降伏した。

丁奉、蔡援紀、潘璋らは弔い合戦を挑んで来、最後まで頑強に抵抗した。
しかし、大将を失って意気あがらず、体勢を立て直したわが軍に蹴散らされた。

漢中では、厳顔が黄蓋を捕らえて斬り、そのまま上庸に攻め込み、
劉キ、劉ソウの軍を破って見事に城を奪取したとの報であった。

河に落ちた黄忠は、兵らの捜索の末、救い出されたが、瀕死の状態であった。
一方、孫策の死体は発見されずじまいであった。

孫策の死を悼み、彼の旧臣たちは殉死する者が多かったが、
程普、韓当、黄権、文聘、雷銅、潘璋がわが軍に降伏し、
そして久しぶりに戦場で再会なった、劉キ、劉ソウ兄弟もついに降った。

そして、蔡援紀はやはり仕官を拒んだ。
「………」
よほど悔しいのか、目に涙を溜め、私が何を言っても口をつぐんでいた。
於我が、彼女を立たせ、兵らに両脇を担がせて引きすえていった。
「斬ってはならんぞ」
「かしこまっております。しばらく牢に入っていてもらおうと思いましてな」
振り向いた於我の顔は、どことなく照れがあるように見えた。

孫策の元重臣・程普の話では、孫策は数年前、心の臓に病をわずらい、
余命幾ばくもないと軍医に宣告されていたそうである。
だから、ここ数年彼は前線に出陣しなかったのだ。
が、荊州の危機に際し、最後の決戦を私に挑んできたというのである。
「彼がもし病でなければ、わが命はなかったかもしれぬ…」
私は、孫策の死を全軍に弔わせた。

かくして、おびただしい戦死者を出した荊州争奪戦は終わった。
また新たに得た領地の整備に、しばらくは手間取りそうである。

 

218年-1月

北方にわずかに領地の残った楚では、孫策の弟・孫権が跡を継いで王となった。
曹操も、長安に続き、宛を攻め落として地盤を固めた。
その曹操軍では軍師の荀イクが病死し、司馬懿が跡を継いだという。

どうやら天下統一するにはまだまだ手強い相手に恵まれすぎているようだ。
私は、新野に重臣を集めて宴を開き、束の間の休息の時を過ごした。

 

現在の哲坊陣営(新野)

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