武田戦記(五) 三増峠 うつけゆーろー先生作

「小癪なり!信玄!よしみを通じたる今川家を攻めるとは、何たることぞ!」
「氏政、少しは落ち着け」
氏康はしわがれた声で言った。
「しかし・・・父上」
「怒っていても何も変わらぬ。今は我が北条家のことを考えよ」
「・・・・・・」
「駿河を追われた氏真殿は我らが匿っておる。信玄は我らを攻めてくるに 違いない」
「・・・ならば、父上!このようにしている暇はござりませぬ」
氏政が立ち上がろうとした時、一人の若武者が転がるようにして現れ、二人の前にひざまずいた。
「申し上げます!武田軍、突如として上野に現れ、先ほど武蔵へ入ったと 思われまする!」

「小城は適当にあしらえ。一気に小田原へ向かうのじゃ」
信玄の髭には既に白いものが混じりだしており、余計に顔がいかめしく見える。目の周りはくぼみ、眼光がとても鋭く、目を合わせて話をできる者はいない。
武田軍は武蔵鉢形城の北条氏邦、滝山城の北条氏照を攻め、北条氏の居城・小田原を目指していた。

小田原城は、先年、上杉謙信らの十万とも言われる大軍に攻められたが、北条氏康・氏政父子が籠城して何とか守り抜いた。
信玄も小田原城を囲むつもりだが、とても落とせるものではないと考えていた。信玄は計略を使って北条軍の戦力を減らす魂胆でいる。

信玄は小田原に着くと、全軍で小田原城を包囲し、町に放火した。
信玄の予想通り、武田軍の激しい力攻めでも小田原城はびくともせず、ついに信玄は撤退を決意した。
北条軍はこの撤退が計略だとは思いも及ばなかった。

信玄は退路として三増峠を選んだ。武田家に味方する豪族・国人が少なくなかったからである。

「おのれ信玄、ただで帰すと思ってか!」
「この上は信玄を襲って叩き潰すより他はなし!」
さきに信玄に領地を荒らされた、北条氏邦・氏照は、信玄が退却すると知ると、いきり立って軍勢を率い、信玄の後を追った。

十月六日、北条軍は武田軍の先回りをし、三増峠で待ち伏せしていた。
勿論、信玄はこの動きを察知しており、陣変えを行った。
第一陣、馬場信房、第二陣、武田勝頼、第三陣、内藤昌豊という、戦慣れした者ばかりである。

「かかれぇい!!」
武田の猛将、山県昌景は馬上采配をふり、突撃を命じた。
昌景率いる五千の武田別働隊は、横合いから北条軍を衝き、敵が慌てふためくところを信玄らの本隊が襲った。
「なんと!武田の奇襲かっ!」
裏をかいたつもりの北条氏邦・氏照は、信玄にさらに裏をかかれたことに気付き、激しく歯噛みした。
浮き足立った北条軍は、逃げ惑い、敵に囲まれて次々に討ち取られていく。
「逃げるな!戦え!逃げる者は斬り捨てるぞ!」
氏邦・氏照らの必死の下知も意味はなく、二人もやむなく退却していった。

二年後、北条家の名将、北条氏康は、武田・北条の同盟を結ぶよう遺言し、病で没した。五七歳。



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