「異聞・戦国録」第三話.使者 半Be先生作

築城途中の市原城の天守を降り、馬を駆り街道までかけつけた条星、半兵衛、セバスチャンの三人は、向かってくる早馬を待った。しばらくすると、早馬が駆け寄ってくる。すると、条星が両手を広げ大声で言った。
「そこの御仁、待てーい!」
声の主が侍と知って、早馬の男は速度を落とし近付きながら話した。
「上杉謙信が臣・長尾景長。上総介おめぐ様に、我が主の使者として参った次第。」
それを聞き、条星が答える。
「おお。それは遠路ご苦労にござる。拙者は、上総介おめぐ家臣・潟上条星。二人は同じく、荒城田半兵衛と、ヨハン・セバスチャン。して、用向きは何でございまするか?」
唐突な質問に景長は驚いたが、すぐに答えた。
「用向きは、主より『上総介おめぐ殿に直々にお話するように』と承っておる故、勘弁していただきたい。」
それを聞き、つい話を先走ってしまった条星は、申し訳無さそうな顔をした。よくよく考えれば、用向きを家臣如きに話すはずがないのである。次に話したのは半兵衛であった。
「使者として参ったのであれば、ここで時間を潰しているわけには参りませんな。条星殿、この市原の普請はこの半兵衛とセバスチャンに任せ、景長殿と共に久留里のお館様のもとへ急いでください。」
それを聞き、条星は頷く。
「半兵衛殿の言うとおりだな。景長殿、早速ではありますが、ここより先はこの潟上条星が案内いたします。」
「それはありがたい。こちらこそ、よろしくお願いいたしまする。」
深々と頭を下げながら景長は言い、条星と共に再び馬を走らせ、久留里への道を急いだ。その姿を見送りながら、セバスチャンが口を開いた。
「Quanto tempo leva?」
「明日には久留里へ着き、お館様と対面できるであろう。さて、セバスチャン殿、我等も市原の普請に戻るといたそう。」
「Sim.条星殿が抜けた分、多少は忙しくなりますな。」
「うむ。まあ、条星殿も景長殿とお館様との対面が済めば、すぐに戻って来るであろう。」
そうこう話しながら、二人は未完成の市原城へと馬を進めて行った。

半兵衛の言った通り、条星と景長は翌夕刻には久留里城下へと辿り着き、条星の計らいで景長は直におめぐとの面会となった。久留里城の広間に通された景長はやや緊張した面持ちでおめぐを待った。
やがて、景長の他には条星しか居なかった広間に、兜太郎丸、大谷宝を始めとするおめぐの家臣たちが揃い始めた。木枯紋次郎、源太郎、宮本雅、新田小十郎の順で広間が埋まってくると、それより更に遅れて上総介おめぐが広間にやってきた。景長は座して御辞儀をしたまま話した。
「上杉謙信が臣・長尾景長。主の使者としてまかりこしました。」
「遠路、お役目大儀でした。ささ、面を上げてくだされ。」
景長は顔をあげ、おめぐに対面した。
「して、謙信殿の用向きはなんですか?」
「は。では申し上げます。我が主は、上総介家に援軍の要請を願っておられます。」
それを聞き、おめぐをはじめそこに居る者全てに緊張が走った。すぐに太郎丸が言った。
「それは、謙信殿が大規模な戦を始めるということか?」
景長は答える。
「いいえ、そうではありませぬ。我が上杉軍が戦を仕掛けるとき、また、他の勢力に戦を仕掛けられたとき、我が軍に援軍が必要な際、援軍を出して頂きたいということです。無論、おめぐ殿がこの盟約に賛成いたしてくれれば、我が上杉家も同様に上総介家への援軍をお出し致します。」
「分かりました。この上総介おめぐ、その折は喜んで謙信公に加勢させて頂く。」
この、おめぐの即答に驚いたのは、おめぐの家臣達である。
「お、お館様。そのように即答されてよろしいものでしょうか?」
大谷宝が言う。
「もう決めたことです。」
おめぐはきっぱりと言い放った。そして続ける。
「それでよろしいですな。景長殿。」
言われた当の景長は、驚きを隠し切れずに、おめぐの方を見る。
「ははっ。」
もはや、このくらいの事しか答えられないほど驚いているのであった。
「うむ。では、さっそく謙信公に書状を遣わそう。景長殿、宜しくお伝えくだされ。」
「ははぁぁ!」
景長は恐縮して頭を下げた。その脇を通り、おめぐは別室へと向かった。そこで、太郎丸が声をあげた。
「では、お館様の書状が出来上がり次第、ささやかな宴といたそう。景長殿も長旅で疲れておろう。
 今宵はゆるりと身体を休めるが良いでしょう。」
「かたじけない。お言葉に甘えさせていただきまする。」
「よし。では皆様、別の間へ移ると致しましょう。ささ。景長様。」
と、源太郎が景長を先導し、列席していた面々もそれに続いた。移動途中の廊下で紋次郎は雅に話した。
「雅殿、これは大戦になるかもしれぬのう。その時が来るのが楽しみじゃ。」
「おう。再び紋次郎殿と共に戦場を駆け抜けたいのう。」
二人はニコニコしながらまだ見ぬ戦に心を馳せていた。
「ん゙っ、ん゙ん゙!!」
その咳払いにビクリとし、二人が振り返ると、そこには新田小十郎が続いていた。
「物騒なことを言うものではない。この上総介家に援軍を出すほどの精鋭が十分に居るとは思えんよ。」
それに紋次郎が食って掛かる。
「なに!では小十郎殿は、お館様はその気も無く口先だけの約束をしたと申すのか!!」
小十郎はなだめるように言う。
「そうではい。お館様が即答したのも、他に思うところがあるのではないか、と思うてな。」
「なんじゃ、その思うところというのは。」
雅が尋ねると、小十郎は飄々と言い放った。
「さ~て。そこまではそれがし如きには解らんし、思うところがあるというのもそれがしの思い過ごしかもしれんしなあ~。」
そして、呆気に取られている紋次郎と雅の間をするりと抜け、歩いて行ってしまった。
「う~む。。。」
「………。」
廊下に取り残された二人は、思い思いの表情で廊下を進み始めた。

書斎に辿り着いたおめぐは、近侍のお伊那に筆記具を用意させると、書状を書き始めた。しばらく筆を進め、書状が完成すると、ふと何かに気付いた。その様子を見てお伊那が尋ねた。
「どうか致しましたか?おめぐ様。」
「うむ。。。どうかしたか?お猿?」
そう言いながら、天井を見上げた。すると、おめぐの視線の先からくノ一が現れ、おめぐの傍に音も立てずに降りた。黒井お猿である。
「はい。お館様、一大事にございます。岡本城の里見義頼が北条方に寝返りました。二日前の夜、数人の風魔と思われる素破と共に城下を去りました。恐らく義頼殿は小田原へ入ったと思われます。」
「!!!!!」
それを聞いたおめぐは驚愕した。お伊那に至っては声も出ない状態である。
「未だ、国力の小さなうちに家臣団の分裂を目論んだか。北条氏康め!」
しばらくの沈黙の後、おめぐは書状をたたみ、お伊那に託すと、
「伊那、この書状を景長殿に渡してくれ。それから、宴の方を始めるように太郎丸に伝えよ。」
「はい。」
短く答えると、お伊那は部屋から出て行った。
「お猿。里見義尭殿、義弘殿の様子はどうなのだ?まさか、城ごと北条方へ寝返るつもりであろうか?」
「それは無いようでございます。我が手の者からの情報によりますと、義尭殿は義頼殿のことに憤怒し、自らお館様のもとへ参る様でございます。」
「そうか。では、それまでにこれからのことを考えておこう。」
「よろしいのですか?」
「うむ。お猿、申し訳ないが、今しばらく領内での警戒を続けてくれ。特に北条・風魔の動きだ。」
「解りました。に、しても今日は色々なことがありますね。」
お猿は、笑みを含めながら言った。それにおめぐも笑顔を浮かべ答える。
「ふふふ。お猿、全て聴いていたな。」
「あのように即答してしまってよいのですか?」
「皆、渋々の承知なのであろうな。しかし、申し訳ないのだが景長殿には早々にこの上総から去ってもらわねばならぬ。こちらが返答に時間をかけ、景長殿がその間滞在することとなれば、色々事情を探られてしまうこともあるのでなあ。特に、今は義頼殿のこともあるし、今となっては即答したのが功を奏しそうだ。」
「なるほど。上杉謙信殿には老練な宇佐美定満が居りまするゆえ、何か含まれて来ていると?」
「それもある。が、謙信公もその位は言い含めているかもしれぬしな。」
それから少しの間、二人は会話をした。一段落すると、
「では、お館様、お役目に戻ります。」
「毎度、苦労をかけるな。」
そのおめぐの返答に、やや目を綻ばせるとお猿はもと来た天井へと消えていった。お猿の気配が消えると、おめぐは一呼吸して、席を立ち既に宴が行われている広間へと急いだ。

翌日、おめぐの書状を携えた景長は、おめぐの手厚い見送りを受け、越後への帰路に付いた。市原までは条星も同行する。景長は少なくとも一日は久留里に滞在する予定であったのだが、おめぐの即答でとんぼがえりとなってしまい、内心残念だった。おめぐお猿の推察の通り、上総の内情を探ることも言い含められていたのである。
しかし、援軍要請の件が第一の目的、それが叶っただけでも良しと思うのであった。

その日の夜、岡本城からお猿の言っていた通り里見義尭がやってきた。義尭は直におめぐとの謁見を果たした。
その席には市原に居る半兵衛、セバスチャン、条星以外の家臣は全て出席し、夜を徹しての合議となった。
翌朝早く、義尭は岡本へと去っていった。他の者もそれぞれ自分の館へと帰る。その帰り道、太郎丸と宝は合議の結果について色々話していた。
「宝よ、まことあのような処置で良かったのかのぉ。」
「現時点では、やってみるしかありませぬ。あとは義頼殿次第です。。。」
「それ、それじゃ。その次第によってはこの上総介家が滅亡するのかもしれんのだぞ。」
「わかっておる。だが、われ等は共に岱輝様が亡くなられて以来、おめぐ様に忠義を誓った身。最終的にはお館様の判断に従わねばなるまい。」
「……そうじゃな。」
「そういえば、太郎丸殿そろそろ久留里の改修が終わるというではないか。」
「ははは。来たる十月には完全に終わるともうのだが。さてさて、その後はどういう命が下されることやら。。。」
そうこう話しながら、二人は帰り道を急いだ。

そして、1560年の10月も終わる頃、上総介おめぐの居城・久留里城の改修が完了した。全ての工事が終わった久留里の天守から表を望むおめぐは、あまり浮かない表情で夕日を眺めていた。

少し時間は戻る。とある広間でかの長尾景長が恐縮していた。ここは越後・春日山城、上杉謙信の居城である。
「して、景長よ。上総介おめぐ殿が了解してくれた件はわかったが、上総の内情はどうじゃ?」
声の主は当の上杉謙信である。
「は。。。それが、おめぐ殿は此度の件に即答で了解されまして、一日の滞在も叶いませんでした。まことに面目ござりませぬ。。。」
「うむ。上総介おめぐ殿か。やはり只者では無さそうじゃな。のう、定満。」
「そのようですな。上総介おめぐ殿が加勢してくれるとあらば、我が方としても心強い。」
「景長。とりあえずは大儀であった。今宵はゆっくり休むが良かろう。」
「はっ!」
簡潔にそう答えると、景長は広間を後にした。景長を見送った後、定満は謙信に言った。
「この老いぼれも、もう少し若ければ上総介殿とお目にかかれたかもしれませんなあ。」
「ははは。現役を退いておるとはいえ、ずいぶんと弱気じゃな定満。しっかりせい!まだまだ知恵を借りることもあろうぞ。」
「謙信様はこの老骨の身体にまだ鞭を打てと言われるか。叶いませぬなあ。」
定満は笑いながらそう答え、立ち上がると縁側に出た。
『上総はまだ暖かいのであろうなあ。』
そんなことを思いながら、日増しに高くなっていく秋の空を見上げた。じきに越後には早い冬がやってくるのである。

同じ空を越後より南の上総の地でおめぐが見上げていた。その空に鳶が輪を描いている。おめぐはしばらくそれを眺めていた。
上総にはようやく訪れた、秋の空であった。



メール 半Be先生にファンレターをだそう!!