「異聞・戦国録-外伝-」EPISODE・壱-2 半Be先生作

 1556年、四月十日。当初の追い風を受け上総領内に進行していた北条方・太田康資軍は、突然の報により蘇我砦までの退却の開始を余儀なくされた。報告内容はこうである。
『四月六日夕刻。未だ傘下に属していない国境付近の上総国人衆、下総の小国人・野伏らと手を組み、蘇我砦を攻撃中。至急、帰砦されたし。』
報告を受けた太田康資は愕然とした。未だ自勢力に属していない上総国人の蜂起は予測し、それに耐えられるだ
けの兵力は残してきたのだが、まさか下総の国人と手を組むとは考えなかったのである。残してきた兵力はおよそ2000弱、それだけで支えられるのか。その不安が康資の頭をよぎった。
「康資殿!」
「……!」
隣に馬を寄せていた配下の声に我に返った康資は、すぐさま進軍を停止させ、数人の配下を呼び寄せ今後の方針を論じている、その時であった。隊列後方より息を切らせた足軽がやってきた。
「申し上げます!」
「なんじゃ!」
康資は足軽にただならぬ予感を感じながらも報告を聞いた。
「たった今、わが隊最後尾にたどり着きました使者の報告によりますと、蘇我砦は烏合の衆である反乱勢を撃破。反乱軍は散々し、援軍の必要は無いとのことです!」
「!?…なに!?!?」
康資達は困惑した。配下の一人が言う。
「しかし、先刻の報では、帰砦されたしと…。」
「どういうことじゃ!」
「…………。」
しばらく沈黙した時が流れ、ハッと康資は顔を上げた。
「これはわが軍を欺く罠じゃ。その今たどり着いたという使者を調べ上げよ。それと、数人に蘇我砦の様子を見に行かせるのだ。 ふざけおって~。全軍、蘇我砦に援軍に向かうぞ!」
「ハッ!」
康資のこの命令に配下達は一斉に同意し、各隊へ戻っていくのであった。

 一方その頃、蘇我砦では苛烈なる戦が繰り広げられていた。しかし、攻城戦ではなく、戦は城の外で行われている。反乱勢が一向に砦から出てこない北条勢に対し、女物の着物や下着を旗指しに下げて砦の周りを練り歩いたのである。これに腹を立てた砦守備の一隊が挑発に乗り、門を開き打って出たため、それに続いて次々と守備隊が城外に参戦し、戦は乱戦になりつつあった。守備兵約2000のうち、打って出たのはおよそ700人。対する反乱勢は1600人弱である。しかし、反乱勢でも、戦っているのは400人あまりであり、他の部隊は砦の包囲を回らしている。戦っている兵力は数の上では守勢の半分。このままでは反乱勢の敗退も時間の問題と誰にでも予想できた。その時だった。
反乱勢の中で紅蓮の無地の軍旗を指し物としている150人弱の一隊が戦へ参加したのである。一つの集団ではあるようだが、兵装も個々ばらばらである。しかし、戦い振りはまさに鬼神の如きであった。混戦の中に割って入り、次々と北条の守勢を冥土に送っている。その中でも、一際目立つ若武者が居た。細身ながら斬檄は凄まじく、刀を一振りするたびに一つの命を奪っているかに見える。ほんの僅かの時間で、北条勢は一気に劣勢となった。
この様子を、砦から見ていた守備軍の長、佐々木守将(ささきもりまさ)は、同じく守備を任されていた上総国人の頭に尋ねた。 「あ、あの連中は何者じゃ?我軍が一気に壊滅状態ではないか…。」
その顔は、明らかに動揺している。尋ねられた頭も動揺を隠せず答えた。
「あ…あれは…!木枯党の一党でございます!」
「何…!木枯党じゃと!南下総、北上総一帯に勢力を置いていたという。あの野武士集団か!!」
「はい…。」
答えた頭も、そういうのが精一杯のようである。
「しかし、木枯党はわが北条家の江戸攻略の際、上杉勢として遠路武蔵まで参戦し大敗の末、何処とも無く散り散りなったというではないか。」
「はい。ですが、あの紅蓮の旗指し…。そしてあの戦振り…。」
「えーい!何と言うことじゃ!!すぐに全軍を砦内に退却させよ!!退却じゃ!!」
そう怒鳴りながら、守将は自ら退却を指揮した。守将は元の名を盛将といったが、数々の防御戦での活躍で守将と言う名に変名したのである。その守将のおかげで、何とか砦内に反乱勢の進入を許すことなく兵の収容に成功した。しかしながら、この戦いで守勢は打って出た兵のおよそ半数以上を失ってしまったのである。
反乱勢は逆転勝利に意気高揚し、少しの間それに浮ついた雰囲気が残った。勿論その主役は、木枯党とその若き頭目・木枯紋次郎である。16歳の若武者の戦い振りに、反乱勢は沸き立った。それもじきに収まり、戦っていたそれぞれの部隊も砦包囲の持ち場へと戻っていった。

 その夜、反乱勢の本陣では激しい討論がなされていた。声の主は今回の蜂起の盟主、上総国人・浜野国綱と、下総の小国人・荒城田半兵衛である。
「国綱殿!お願いでございます。もう使者を出すのは辞めてください。でなければ、上総へ発った砦の本隊に報告をした使者は、我勢の者という疑いをかけられ、殺されます。なにとぞ…。」
「黙れ!使者に行った者が疑いをかけられないように、出立した本隊にいる上総国人衆と多少の面識のある者を使者としたのだ!無用の心配だ!!」
半兵衛の声を遮って、国綱は怒鳴る。そして続ける。
「砦が攻められているという報と、我勢を撃退したという報を同時に流せば、敵の本隊はそれを見極めるまで引き返してくることは無いだろう。その思案中にもう一度、敵撃退の報をもたらせば、『やはり撃退したのか』と、わざわざ砦へ戻って来ることが無くなるではないか。もし、虚報とばれても、時間は稼げる。」
国綱は自信満々である。半兵衛は食い下がる。
「しかし、敵本隊がこちらの様子を探らせば、簡単に戦況を把握できてしまいます。悠長に包囲などせず、本隊がやってくる前に、砦を落としてしまわねば、我勢に勝機はありません!」
「フンッ!もう決めたことだ。使者は出す!よいな!」
国綱はそう言い放った。
「分かりました。この上は何も申し上げません。しかし、北条方には風魔の一党が居ることをお忘れなく。では!」
半兵衛はそう言うと、本陣を出て行った。

 半兵衛が自陣へ帰る途中、草むらの中から人影が現れた。半兵衛は刀に手を据え構えようとした。
「ちょっと待ってくれ。それがしだ。」
そう言いながら出てきたのは、木枯紋次郎であった。
「何用ですか?」
半兵衛はそう言うと、肩の力を抜き、紋次郎を見た。
「いや、悪いと思ったのだが、先ほどの本陣での話、聞かせてもらった。」
「で?」
素っ気無い半兵衛の反応にややムッとしながらも紋次郎は続けた。
「それがしも、半兵衛殿の意見に賛成だ。早く砦を落とさなければこちらに勝機は無い。」
「……。」
「そこで、我等で、砦に夜襲をかけてはみぬか?」
これを聞いて半兵衛はやや投げやりな様子で紋次郎の目を見た。しかし、その目は本気である。
「紋次郎殿。もし、それを行うとして、木枯党と荒城田家の兵力をあわせて350。砦の兵力は先ほどの戦で居なくなったものを考えても、未だ1500は居ろう。到底無理だ。」
すると、紋次郎は言う。
「では、この話をして各隊を回り、同意してくれる者と一緒に行っては?」
「それは無理だ。それを実行するに当たっての大将は必要だし、それを決めるにも時間が多少必要だろう。」
「半兵衛殿が頭を勤めればいいではないか。」
「いや。荒城田家にはそんな力は無いし、第一、私にはそのように大人数をまとめていく力は無い。もしマが指して、ついてこられても困る…。」
「???困る???というと…?」
「私は、この戦の後は、家督を弟に譲り、僧になるつもりだ。」
「僧に!では、それがしとは歩む道が違うな。それがしは大志のあるお方に仕えて、名を挙げてみせる!」
半兵衛は少し笑みを浮かべながら言った。
「ならば、いずれ何処かで会うこともあるかも知れんな。」
紋次郎も言う。
「そうでござるな。でも、お互いこの戦を乗り切れば…でござる。で、半兵衛殿は今後どうなされる?」
「もう2日ばかり本陣に食い下がる。それで駄目なときは兵を引く。で、隠居して、僧の道だ...。」
半兵衛はやや笑いながら言った。紋次郎も笑いながら答える。
「無責任じゃな。半兵衛殿は。」
「左様。だから、人の上に立つ器ではないと申した。」
そう言うと、半兵衛は鼻歌を歌いながら自陣への道を急いだ。その姿を見えなくなるまで送りながら、紋次郎は何やら考えていた。



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