「異聞・戦国録-外伝-」EPISODE・壱-4 半Be先生作

 その最後の砦では、北条の佐々木守将が肩を落としている。そこへ、一人の若武者が近付いてくる。守将はちらっと顔を上げ、そしてすぐに視線を落とすと、その若武者に言った。
「もはやこの砦はおしまいじゃ…。おぬしはまだ若いな…。早うここから逃げるじゃ。」
「いいえ。戦いまする。我叔父、大厩岱輝(おおまやだいき)は太田康資様と共に進軍しています。私しが先に逃亡すれば、叔父を始め、その家臣たちもただ事にはなりますまい。」
その声を聞いて守将は若武者を見上げた。
「お主は…、女か…?」
「はい。上総介おめぐと申します。」
「そうか。若き姫武者が居るというのは聞いていたが、おぬしであったか…。おぬしは戦うと申してもな、もはや時間の問題じゃ。未だ若き命。無駄にすることはあるまい…。」
「いいえ。最後まで諦めませぬ。我が、上総介家は…」
そう、おめぐが続けようとしたときだった。
「申し上げます!」
「なんじゃ。」
「はっ。内郭の門が、敵勢によって破壊されようとしております。」
「あいわかった。」
守将はそう応えると、おめぐに言った。
「と、いうことじゃ。わしももう、おぬしに逃亡を勧めはせん。だが、ここが落ちるのは確実となった。
わしは、自ら門内に立ち、敵を迎え撃つつもりじゃ。」
それを聞いて、おめぐが言う。
「お供いたします!」
守将は、『頑固じゃな』と、いいたげな目でおめぐを見たが、無言のまま郭を出て行った。その後姿を見て大きな息を一つつくと、おめぐは守将のあとを追った。

 守将とおめぐ、そして二人の配下数人が、内郭の門に辿り着いたとほぼ同時に門が破壊された。そして、反乱勢が突撃してきた。先頭は浜野国綱である。が、第一の悲劇がすぐに起こった。破壊され開かれた門に反乱勢が突撃した際、浜野国綱が転倒したのである。後ろから続いていた諸将、兵達はそれに気付きながら、それを避けることは出来ず、国綱は大勢の兵に踏み潰され絶命した。それを見た、佐々木守将は空かさずに言い放った。
「敵の総大将は転んであの世へ行ったぞ!皆の者!敵を追い返せ!!」
「おおお!!」
そして、おそらく最後であろう混戦が始まったのである。反乱勢の先頭は木枯紋次郎、続いて荒城田半兵衛であった。それに木枯党や、他の将兵が続く。紋次郎は、何人も敵兵を切り伏せながらすぐ隣に居る半兵衛に言った。
「半兵衛殿、お主も猪武者じゃな。」
その声に半兵衛はチラリと紋次郎の方へ目を向け応えようとしたが、彼の剣技はそれほど優秀ではない。敵からの斬撃を受けるのに精一杯であった。それを見て紋次郎はニヤリと笑う。
 しばらくは、門内での乱戦が続いたが、やはり守勢には反乱勢を追い返す力は無く、残りは佐々木守将とその家臣、そして、上総介おめぐとその家臣のみとなってしまった。それを皆が確認をしたとき、一度、戦いが中断した。しばしの沈黙のあと、砦方の中の一人が叫びながら紋次郎に突進してくる。
「上総介家家臣・大麻匡(だいあさただ)見参!木枯紋次郎!!覚悟!!」
姿は雑兵っぽいが、その手にしている刀は長めのもので、向かってくる構えから、只者では無いと紋次郎は確信した。紋次郎も麻匡に向かっていく。
「木枯党の紋次郎じゃ!!」
麻匡も紋次郎も右の上段に刀を構え距離が縮まってゆく。そして二人が擦れ違う際、紋次郎は素早く刀を左下段に下ろし、身体ごと右に動き上方に斬り上げた。麻匡もそれに気付き、際どい動きで左に刃を走らせたが遅かった。麻匡の刀は紋次郎の左上腕をかすめただけであった。同時に紋次郎の一閃が麻匡の左脇腹に走る。程なく大麻匡は大量の血飛沫と共に地面に倒れ、絶命した。紋次郎はその勢いで佐々木守将へ斬り込みに行った。が、紅色の鎧を身に着けた姫武者・上総介おめぐが立ちはだかった。
「大麻匡の仇ー!」
その姿を見て、おめぐのそばに控えていた上総介家臣・源太郎と近時・お伊那が叫ぶ!
「お館さまー!!」
その叫びを聞き、紋次郎はニヤリとし、言った。
「お主が上総介おめぐ殿か!!その首、貰い受ける!!」
そして、紋次郎は更なる一閃を確信し、正面から目にも留まらぬ速さで刀を振り下ろす。源太郎とお伊那は目を見張りながらも、悲劇を確信し動くことすら出来なくなっていた。

ガシッッッ!!

しかし、次に響いた音は人が斬られる音ではなく刀同士が合わさる音であった。なんと、おめぐは紋次郎の刀を受け止めたのである。その場にいた将兵はまさにその奇跡を見て取ったのであった。
「……!」
紋次郎は己の剣を受け止められ、一瞬愕然としたが、おめぐを睨みつけた。そのおめぐは怒りとも憎しみとも悲しみともつかない目で紋次郎を睨み返している。だが、少しするとその表情のまま目には涙が溢れ出してきた。
紋次郎はその涙にハッと我に返り、力いっぱいおめぐを突き押した。おめぐは持っていた刀をもその力で弾かれ、後ろに倒れた。だが、紋次郎の追い討ちは無い。おめぐが紋次郎を見上げると、
「フン。その涙ではろくに拙者の顔も見えまい。下がれ。」
そう言うと、紋次郎は今度こそとばかりに浜野守将を探した。そして、その視界に守将を見つけたときである。
「氏康様!康資殿!守将の不甲斐無さお許しくだされ!!この上は死して御詫び申し上げまする!!」
そう言うと、自らが持っていた短刀で喉を突き、自決をはかった。
それを見た紋次郎は声高々に叫んだ。
「守将!佐々木守将は死んだぞ!この上は、おとなしく我々の捕虜になるか、死か、どちらかだ!抵抗する者は斬る!それが嫌なら刀を捨て降参しろ!」
その声で、砦の北条方は全てが降伏の意を明らかにした。紋次郎は自分の配下や、その辺にいる反乱勢の兵に
「よし。捕らえ上げよ。」
と命令した。そこへ荒城田半兵衛が声をかける。
「紋次郎殿。すっかり反乱勢の大将になってしまったな。」
その言葉に紋次郎は、しまった…という表情をする。それを見て、半兵衛は言う。
「ハハハ。ここまでしたら、もう後には引けんぞ。紋次郎殿が今より大将だ。」
紋次郎は何を馬鹿な…という表情で言う。
「べ。別にそういうつもりで…。」
その声を遮るように半兵衛が話す。
「だがな。周りを見てみよ。皆、紋次郎殿の命令を待っているぞ。」
「………。」
紋次郎が黙って見渡すと、確かにそののようである。そして半兵衛を見る。
「所詮我々は烏合の衆だったのさ。大将が居なくなればこの通り。次が続かん。」
「では…?」
「うむ。浜野家の兵力はかなりの打撃を受けてしまったからな。残った兵力で太田康資の軍を迎え撃つしかあるまい?無論、大将は木枯紋次郎殿だな。」
「何を言っておる!それがしよりも半兵衛殿の方が年上ではないか!」
「私は駄目だ。器じゃあない。しかも、ここで交代しても、私には誰もついて来ないよ。」
そうこうしながら、辺りが暗くなりかけるまでの僅かな間、戦の事後処理が続いた。



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