美濃の使者(1) コサマ・アキラ先生作

ただ空を見る濃姫に各務野はそれを切り出すことを躊躇わせた。
その横顔はただ、美しい。
目尻の整った、されど鋭い線は父・道三のものであった。
今やマムシと悪名高い道三も昔は水を打ったような美男であったという。
濃姫の顔つきもまた、道三そのものであった。
正確に言うと、顔の表情のあらわし方が似てると言ったほうがいいか。
一目見た顔たちは母・小見の方を思わせる。
だが、自分の思考をあらわにする時はまぎれなく道三であった。
今日の顔つきはまさにそれである。
その、能面のような顔は一筋の皺もない。
感情のない顔であった。
「各務野」
感情のないまま、濃姫は涼しげな声を出す。あわてて上擦った声を上げた各務野に、彼女はただ、言った。
「私は尾張へ行きますと、父に伝えてくださいな」

「いらん」
きっぱりと言い捨て、また川遊びに熱中し始める。
その様を見、遠回しにそして、穏やかに話しを進めていた平手政秀の怒りはついに沸点に達した。
「殿!!お聞きなされ!!」
戦場で発するが如く、平手は怒号をあげ、声の主・・・信長の方へ歩み寄る。
かまわず信長は川の中へ入って行く。
「聞いたから返事した」
「いいや、殿は聞いてはござらん、でなければこの大事に川遊びなどなさいませぬ!」
「ほほう、では、なんの遊びならしていいんだ?」
「普通は遊びなどせず、ただじっと深慮し、ことの重大さを噛み締めるものです!」
「じっとしてなんになるというんだ」
「そおいうことを言ってるのではござらぬ!!」
「おい、犬千代、鮎が逃げる。囲め」
「はい」
「鮎なんぞ・・・・・・」
がしっと、犬千代が持っていた網を掴み、
「獲ってる場合ではないいい!!!!」
ばば!!
網は中空で広がり、川の流れに乗り、流れて行った。
信長以下、数人の小姓はしんと凍りついたまま動かない。
「爺」
信長はその緊張をものともせず、言い放つ。
「びしょ濡れだぞ」
平手ははあとため息をつき、その場で崩れ落ちた。

婚儀は今に言われたことではない。
信長にもこの結婚の真意は理解している。
すなわち美濃との結婚。
父・信秀と斎藤道三は戦い疲れたのだ。
再三に渡る戦いの中で父が道三に完全なる勝利を収めたことはない。
疲弊していく中、今度は尾張の内部で不穏な動き目立ち始め、信秀は考えた。
和睦を結ぶこと。
それも婚儀が望ましい。おリ良いことに年代が近い娘・息子がいる。
この尾張からの申し出に、道三は承諾した。
どのような意図があるにせよ、信秀はこの婚儀を進めざるえない。
縁談は水面下で進められた。
そして今、書きなおしのないシナリオ完成した。
本人たちの意思など関係ない。
信長が要らんと言おうが言うまいがお構いなく話しは進む。
気に食わない。
信長は奥歯を噛み締める。
政治のために結婚、利用されることについてではない。
本人の意思など関係ないのにわざわざ伺いを立ててくることについてである。
しかも周りも、このときだけは機嫌を伺いにくる。
普段はうつけ・廃れ者としか見ない奴らが今だけは「和睦の材料」としてみてくる。
イライラが収まらない。
川遊びを終え、小姓たちを巻いた信長は町外れの野っぱらの土手の下で、初夏の夜空を見つめていた。
今日は帰るつもりはない。
一人でいたい。そして爺を苦しめる。
「オレもガキだ」
こんなことぐらいしか思いつかない自分にため息をつく。
普段の信長なら爺を困らせることは造作ではないが、今何かしても皆一様に「あのうつけも人前に気恥ずかしいのだな」
としか受け取ってもらえない。
なにがしたいのかわからない。
すべてがわずらわしい。
自分でも理解している。自分はただ、ダダをこねている。
ふと、見てもいない美濃の姫が浮かぶ。
ぶん!
腰にさした刀を横一線に凪ぐ。
腰まである草は刀に遅れて、舞う。
「つまらん」
ふんと鼻を鳴らして信長は刀を腰に仕舞う。
そして、くるりと踵を返すと、目が合った。
見なれない男が土手の上で立っていた。
「・・・・すまぬがそこの少年」
声をかけてきた。
「どこか宿を取りたいのだが、案内してもらえぬか?」



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