『私訳太平記』 ~第六天魔王の章~  司馬ごくたろう先生作

    夫れ日本開闢の始めを尋ぬれば、二儀已に分れ、三才漸く顕れて、人寿
   二萬歳の時、イザナギ・イザナミの二の尊、遂に妻神夫神と成つて、天の下に
   あまくだり、一女三男を生み給ふ。
   一女と申すは天照太神、三男と申すは月神、蛭子、スサノオなり。
   第一の御子天照太神、此の国の主と成つて、伊勢国御裳濯(五十鈴)川の辺
   神瀬下津岩根に跡を垂れ給ふ。
   或時は垂迹の仏と成つて、番々出世の化儀を調べ、或時は本地の神に帰つて、
   塵々刹土の利生をなし給ふ。
   是れ則ち跡高本下の成道也。
   爰に第六天の魔王集つて、此の国の仏法弘まらば、魔障弱くして其力を失う
   べしとして、彼応化利生を妨げんとす。
                       (『太平記』巻第十六「日本朝敵事」 ヨリ抜粋)


「わぁ~。気持ちええわぁ~♪」
天照は思わず至福のため息を漏らした。
そう。
この五十鈴川の水は清く澄んで、そしてやわらかい。
頭まで、ざぶんと潜り込むと、ぷはぁ!っと顔を水面から突き出した。
「あぁ、幸せって、この事やねぇ。」

その時、天照の胸元を黒い影がすぅ~っと横切った。
「誰やっ!」
天照は叫ぶが早いか川岸に浮かんでいた枯れ枝を掴むと、その影に向かってブンと投げた。
当たらない。
黒い影が、さささとかわしたのだ。
敏捷な動き。
もう一度、枯れ枝を拾うと投げつける。
枯れ枝が水面に突き刺さると思う寸前、水面が浮き上がり黒い影は水上へジャンプした。
鯉!?
それは天照よりも大きな漆黒の鯉であった。
銀色の水しぶきが宙を舞う。
「おぉぉぉぉ!綺麗やわぁ~」
なんて感心している場合やない。
見た?あのデカイ口。
あれにパクゥ~ってやられたら、ひとたまりもあらへんわぁ!
もう一片の枯れ枝を・・・はっ!もう無いやん!
木、木、木、木、なんかないんかっ!
そこへ一本の木片の様なモノが流れてきた。
きゅうり?
そう。きゅうりであった。
胡瓜と書いて「きゅうり」と読む。

えええい!
なんでもええわ!
天照はその青々とした胡瓜を掴むと狙いを定めてブン投げた!
バシャ~ん!
ストラィィィィ~クッ!
丁度、水面に顔を出した漆黒の大鯉の額に胡瓜は突き刺さった。
ザブブブブブン!

「たわけぇ!何しゃぁ~す!」
頭に胡瓜を刺した漆黒の大鯉が叫び声をあげた。
「おそがいなぁ~。も~ぅ・・・」
鯉が徐々に人の姿に変っていく。
いや、人ではない。
漆黒の肌と赤い眼・・・鬼の様な魔物の姿であった。

「誰や?あんた?」
天照が身構えながら問う。
「誰って・・・」
漆黒の魔物は頭に刺さった胡瓜を抜き捨てると言い放った。
「第六天の魔王だがや。」

ちょうど胡瓜が刺さった箇所が青く、花柄の様な綺麗な形に腫れていた。
後に木瓜と呼ばれる文様であるが、そんな事は魔王の知った事ではなかった。

天照は笑げころげたい気持ちを抑え、今一度、尋ねた。
「第六天の魔王?その魔王はんが、何の用があるぅ言うねん。」
第六天の魔王は額を掻きながら答える。
「そうそう。頼み事があるんだわなも。」
「頼み事?なんやねん。」
「西の方で最近、妙な輩が勢いづいていて、困っとります。」
「妙な輩?」
「仏・法・僧とか言う・・・」
「あぁ、あぁ、あぁ。」
天照は、うざいとでも言わんばかりに顔をしかめた。
「ぶたはんなぁ?」
「ぶたじゃないって、ブッタ!」
「ええやん!ぶたもぶったも同じやんけ。」
「知ってるならば、話は早いなも。わし等、困ってるんだわ、あ奴等に、、、」
「えぇ、えぇ、皆まで言わんでもええ!」
天照は大きく手を振る。
「ウチが仏・法・僧に構うな、って言うんやろ?」
「おぉ!話が早い!」
「ほな、なんぼで手を打つ?」
「なんぼって・・・金は無いが・・・」
「なぁ~んや。ほな、さいな・・・」
「ち、ちよっと・・・」
「はははは。まぁ、ええわ。うちもブッタはんの口うるささには閉口しとるのはほんまや。」
「では?」
「ええよ。協力したる。ウチはブッタはんには何も関係も腐れ縁も有らへんよ。」
「ありがたい事だわなも。替りにええ事、約束したるから。」
「何?」
「天照さんの子孫を未来永劫、この国の主にしたるでよ。」
そこまで言って第六天の魔王は声を低く強くつぶやいた。
「嘘ついたら、針千本!」
天照の顔が赤く染まる。
「どあほ!ウチを誰や思うてるねん!」
矢次早に
「宮の内外で仏閣なんか建てさせぇへんで。経も嫌や。坊主も入れたらん。」
それを聞いて第六天の魔王は満面の笑みを浮かべた。
「どえりゃぁ嬉しい事、言ってこれるでかんわ!」

かくして。
第六天魔王は朝廷の祖、天照大御神より対仏陀戦略の不干渉盟約の締結に成功した。
天台座主を称したり多聞天を名乗る坊主武者を懲らしめる事もした。
仏・法・僧の集う御山を焼いたり、仏陀の盟友阿弥陀の名を叫ぶ衆を撃ち殺しちゃったり、
不干渉のお墨付きを楯に好き放題。
それでも第六天魔王は朝廷だけは温存させた。
律儀な魔王であった。。。

                                         (完)



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