三國志VII 奮闘記 10

 

長きにわたる馬騰、曹操との対峙をひとまず中断し、
楚王・孫策との対決に踏み切った哲坊。
行く手には広大な長江、そして強大な水軍が待ち受ける…。


 


214年-11月

「長沙陥落!」
その報に接したのは、
が寝台に入ろうとしていた時だった。
諜報担当の
紺碧空(こんぺきくう)は、息せき切って戦況を告げた。

「援軍に向かった上総介(かずさのすけ)の軍が間に合わず、
 長沙太守の劉度軍、凌操軍は敗走中との由にございます!」
「なんとしたことか…」
私は甕から水をくみ上げてひと口飲んだ。
「孫策軍は誰が指揮をとっている?」
「は、徐庶なる男のようです」
「徐庶…」
その名は聞いたことがある。撃剣の使い手で、
かつては単福(ぜんふく)と名乗り、諸国を放浪していた兵法家だ。
あの諸葛亮とも親しい男だと聞いたことがある。

「…ご主君、寝てしまわれるのですか?」
「ああ、明日考える」
途方に暮れたように立ち尽くす紺碧空をよそに、私は寝台に潜り込んだ。

翌朝…。
私は全軍を招集した。中から10万の強兵を選ぶと、
於我(おが)、餡梨(あんり)、鳳凰(ほうおう)呂蒙に率いさせ、
長沙を取り戻すべく出陣させた。
半日遅れ、私は別働隊として徐盛、諸葛靖とともに3万を連れ、出発した。
これは諸葛靖(しょかつせい)、許西夏(きょせいかの軍略だった。
於我らの率いる10万は正面から長沙を攻め、
後から進発したわが隊は、長沙から逃げてくる上総介、
紋次郎(もんじろう)
太郎丸(たろうまる)軍と合流し、南へ迂回、孫策軍の退路を断つ。
これがうまくいけば、そのまま柴桑(さいそう)へ進軍し、これを奪うことが
できるかもしれない。
江陵の守備は
幽壱(ゆうわん)、紺碧空、許西夏らに任せておいた。

朝から晩まで、ひたすら馬を歩ませた。
大陸の冷たい風が、冬の到来を感じさせた。
「長引かせるとまずいな」
日が暮れた。私は野営の準備をさせた。
兵糧をつかい、諸葛靖、徐盛と話をしていると、
紺碧空からの書簡がとどいた。
書簡によると、河北で異変が起こったそうだ。
劉備、曹操に追い詰められて勢力を縮小してはいるものの、
粘り強く河北を死守していた袁尚が急死し、跡目争いが生じた。
その隙に、袁尚家臣であった呂布が兵を集めて城を乗っ取り、
武力にものをいわせ、さらに襄平、北平、南皮をも奪ってしまったという。
なりをひそめていた呂布だったが、その武勇と野望は
まだまだ健在だったのである。
「呂布はもう60才になると聞きましたが…」
諸葛靖が驚いて云った。
「いや、彼の武勇は伝説としてこの荊州にまで届いておりますからな。
 袁尚の旧臣らでは誰もかないますまい」
徐盛が笑った。
「義兄、いずれにしても手強い相手が増えましたわね」
諸葛靖の言葉に、私は強く肯いた。

…策は成功した。
正面から攻撃をかけた於我、餡梨、呂蒙らと戦う孫策軍を、
わが隊と上総介軍が背後から攻めると、敵はもろくも崩れた。
まだ奪ってからさして日が経っていない長沙の城を打ち捨てて、
孫策軍9万は江夏へと敗走した。
歯応えが無いと思ったら、どうやら長沙にいたのは徐庶ではなく、
潘璋
(はんしょう)という武官であったようだ。
私は、諸葛靖を長沙にとどめると、
自軍をそのまま転進させ、柴桑へ攻め入った。
柴桑は、張昭軍7万が守備していた。
長沙から柴桑への道は山岳地帯だった。
これでは楚軍自慢の水軍も使えない。

両軍は、国境付近の平原で対峙した。
敵軍から1人の武将が進み出た。
女だった。
「哲坊!この顔を忘れはすまい!」
そう叫ぶ女の顔は確かに見覚えがあった。
蔡援紀(さいえんき)…!」
傍らにいた於我が驚いてその名を口にした。
かつて劉表軍との戦いで、於我はあの女人と戦い、
一度は捕らえたものの、私が縄を解いて彼女を放してしまったのだ。
「今度は負けるものか!!」
蔡援紀はそう叫ぶと、馬に鞭をくれてまっしぐらにこちらへ向かってきた。

「こしゃくな女だわ!相手になってやる!」
餡梨が叫んで馬を躍らせ、蔡援紀を迎え撃った。
餡梨の槍と、蔡援紀の鉄鞭の打ち合いになった。
女同士の戦いは、時として男同士の戦いよりも壮絶なものとなる。
この2人の戦いもまたすさまじいものだった。
両者の武術はほぼ互角であった。
体格では餡梨の方が頭ひとつ分大きいが、蔡援紀はそれを
補うほどの技を備えているようだった。
「腕を上げたな…」
於我が、感心した顔で蔡援紀をみている。
その表情は、かつて戦ったものとしての感慨だろうか、それとも…。
「餡梨殿、助太刀いたすぞ!」
私が考える間に、於我は馬を駆り、両者の間に割って入った。
すると、張昭軍からも武将が出てきた。
「一騎討ちの邪魔はさせんぞ!我は車胄
(しゃちゅう)なり!いざ勝負!!」
車胄と名乗った男は、於我に斬りかかった。
於我は身をかわし、反撃に移った。そのとき、
「我こそは孫翊なり!」
「我こそは陳武なり!」
「我こそは傅トウなり!」
次々と腕に覚えある武人が進み出てきた。
私は剣を抜き、馬の手綱を握りなおした。
すると、紋次郎が私の手を引き、
「哲坊殿、軽々しく前へ出てはなりませんぞ。
 ここは我々にお任せくだされい」
というので、仕方なく剣を収めた。
かくして、孫翊は太郎丸が、
陳武は紋次郎が、
傅トウは呂蒙が、それぞれ迎え撃った。

両軍自慢の猛者10人が、戦場を縦横に駆け、
互いの武術を競い合っていた。
はたから観れば、さながら武術大会の様相である。
しかし、これは紛れもなく戦いだった。
が、於我や紋次郎の表情はどことなく生き生きとしている…。

両軍の兵士が、贔屓の戦士に対して声援を送っていた。
中でも多くの声援を集めていたのが、餡梨と蔡援紀である。
2人の女人は、時に接近し時に離れ、互いに秘技の限りを尽くしあっている。
「ぅわぁー!」
大きなどよめきが起こった。
わが軍の於我の大矛が、楚将・車胄の胸板を突き通したのである。
どさり、と車胄の巨体が馬上から転げ落ちる。
「車胄はこの於我が討ち取ったぞ!」
「おおお〜〜〜!!!」
わが軍の兵士が歓声をあげた。

数刻後、戦いを優位に進めていた紋次郎が、不意に繰り出された
陳武の長槍をかわしきれず、馬からすべり落ちた。
「無念!」
紋次郎は尻餅をついたまま、勝ち誇った笑みを浮かべ、
槍を突きつける陳武を睨みつけるが、動けないでいる。
そこへ、於我が陳武に斬りかかり、紋次郎は一命を取り留めた。

また喚声がわき起こった。
太郎丸の長槍が孫翊の兜を真っ二つに割ったのである。
孫翊は顔から血しぶきを上げて落馬した。

つづいて決着がついたのは、呂蒙対傅トウの戦いであった。
呂蒙は巧みな剣さばきでじりじりと追い詰め、
最後はすれちがいざまに相手の胴に斬りつけた。
致命傷ではなかったが、傅トウは馬から転げ落ちた。

餡梨と蔡援紀の戦いは、まだ続いていた。
「殿、このままでは相討ちになってしまいます」
上総介が不安げに云ったので、私は退き鐘を鳴らし、将らを
引き揚げさせた。

夜になった。
「ご主君、夜襲を仕掛けましょう」
上総介が提案した。
「うむ…」
私が思案していると徐盛が助言した。
「敵軍にはカン沢や左慈といった知将がいます。
 下手に討って出ては術中にはまりましょう」
「それを利用するのです」
上総介が自信ありげに云うので、私は夜襲をかけるべく触れを出した。

案の定、敵はわが軍の夜襲を見破り、待ち伏せをしていた。
わが軍は、わざと負けるふりをして逃走し、敵軍を森へ誘い込んだ。
勢いに乗って押し寄せてくる敵軍に、逃げていた餡梨隊が反転し、応戦した。
そこへ、山上で待ち伏せていた於我、紋次郎隊が火矢を射掛ける。
徐盛、太郎丸隊はその退路を断った。
その間に、私の本隊と上総介隊は敵陣を急襲した。

翌朝。張昭を捕らえた。
敵軍は壊走した。
柴桑は、わが手に落ちたのである。
敵の主だった武将のうち、蒋幹、申儀を登用した。
しかし、張昭はじめカン沢、陳武らは皆孫策への忠誠心篤く、
ついに降らなかった。仕方なく、彼らを解放してやることにした。

蔡援紀は取り逃がした。
「いつかお前の息の根をとめてやるわ!
 私の手では駄目でも、あの方が必ずね!」
蔡援紀は私に向かってか、そういい残して逃げていった。
どうやら、私の命を狙っている者がまだいるらしい。
私の命を狙うものは当然、沢山いるだろうが、
私は「あの方」という言い方がどうにも引っかかった。

215年-9月

私は、江陵に戻っていた。
江陵では呂蒙、於我らが中心となって、
連日、水軍の調練が行われていた。
この先、水上を制したものが勝ちを制するだろう。
そんな折、幽壱、紺碧空が私のもとへやってきた。

「弘農が…曹操に攻めとられました!
 馬騰は討ち死にしたそうございます!」
…目の前が、すうっと暗くなる。
敵同士とはいえ、長年…10年もの長きにわたる戦いを
繰り広げてきた馬騰が、ついに死んだ…。
「できるなら、私がとどめをさしたかった…」
私は目をつぶって、そうつぶやいた。

物見の報告によれば、戦況はこうであったという。

曹操は自ら、新荘(しんじょう)、香香(しゃんしゃん)、張任、
許チョ、曹仁、
幸村(ゆきむら)らを連れ、15万の大軍で侵攻した。
馬騰軍は、馬超、馬岱、徐晃、伏姫(ふせひめ)、王甫、張松らが必死に
防戦したが敗れた。
馬騰が討ち死にすると、息子の馬超が曹操の護衛役・許チョに
一騎討ちを挑み、倒したものの、続いて討ちかかってきた幸村に敗れた。
しかし、馬超は幸村の隙をついて逃走、
残った馬岱、徐晃、伏姫らは曹操に降った。
曹操は弘農に入ると、宮殿に隠れていた天子を救い出し、保護したという。

「こうなると、長安が危ういですな」
幽壱が外の景色を見ながらつぶやいた。
夏が終わり、木々の葉が徐々に色を変え始めている。
天子を擁した曹操、先に河北を乗っ取っり燕王を名乗った呂布、
皇帝を名乗った劉備、楚王の孫策…。
天下平定のためには、この4人を倒さねばならない。
私はとてつもない重圧を感じた。
しかし同時に、これから起こる数々の出来事が、
何故かひどく楽しいもののようにも感じられた。

 

 

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