三國志VII 奮闘記 11

 

楚王・孫策との激戦の火蓋は切っておとされた。
しかし、広大な領地を得れば得るほど、
敵の反撃もまた、熾烈なものとなってゆく…。


 


215年-12月

「曹操襲来!」
於我(おが)の発したその声に、は飛び起きた。
雪のしんしんと降る深夜のことであった。
「長安か!?」
私は目をこすりつつ、於我に尋ねた。
「左様。曹操は、張任、馬岱、新荘(しんじょう)、香香(しゃんしゃん)、
 曹仁、幸村(ゆきむら)らを連れ、都へ攻め入った由!」
「ぐむむ…。長安の守備は万全と思うが…」
「は、長安は法正軍師、董允殿、兀突骨殿、劉巴殿らが
 12万の軍勢で守備しておりますので大丈夫だとは思いますが…」
駆けつけた
諸葛靖(しょかつせい)が答えた。
「念のため、漢中の厳顔に援軍を出させよ」
私は近衛兵に命じた。

荊州にいれば、諸国の情勢を知るには都合が良かった。(地図
長安の戦況は、数日おきに届けられた。
「法正軍は、曹操軍を潼関にて迎え撃ち、応戦!」
「先鋒の兀突骨殿、敵将・幸村勢に敗れ、敗走中!」
「漢中の援軍4万、悪路のためいまだ到着しておりません!」
…戦況は芳しくないようだった。
だが、ここは法正らに粘ってもらうしかあるまい。
しかし手薄となった漢中は、上庸の孫策軍が放っておくまい。
私は、荊州の兵の何割かを漢中に移した。

年が明けると、案の定、孫策軍が漢中へ侵攻した、との報が入った。
漢中には厳顔、楊奉、蒋エンらが守備している。
私は城を堅く守備せよ、との命令書を漢中へ送り、報告を待った。

「待つ立場はつらいのう…」
「こんな大事に、よく笑っておれるな」
「なんの。こんなときこそ笑って過ごさねば」
於我と幽壱(ゆうわん)紺碧空(こんぺきくう)らが話している。
わが軍は、雪が止むのを待って、江夏攻めの機会を伺っているのであった。
よって、むやみに軍を動かすことができないのである。
しかし、すでに南海の太守・加礼王(かれいおう)には
孫策領・建安攻めの命を下していた。
彼の軍に呼応し、一気に孫策領へ攻め入るつもりだ。

長安から早馬が到着した。
曹操軍は長期戦で兵糧が枯渇し、撤退したそうだ。
しかし、曹操の軍略と、馬岱、幸村らの武勇に苦しめられたために、
こちらの損害も甚大という。
一方、漢中は蒋エンの軍略冴えわたり、
孫策軍を寄せ付けぬ善戦ぶりを見せているという。
「なんとか、しのげそうじゃな」
諸将らと話していると、南海の加礼王が動いたとの報が入った。
「よし、わが軍も江夏へ攻めいるぞ!」

江夏の城は、江陵より北東の方向である。
ここを奪れば、揚州から長くのびた孫策領を分断することができる。
私は、江陵を呂蒙、潘濬らに任せると、
諸葛靖、於我、幽壱、餡梨(あんり)、鳳凰(ほうおう)、許西夏(きょせいからとともに、
13万の軍勢を引き連れ、江夏へ攻め入った。
行く手には長江。
得意とする水上戦を、彼らが利用しないわけはない。
私は、水軍の指揮に長じた於我、諸葛靖を先頭に、渡河を開始した。

水平線に、6つの巨大な軍船が見えた。
その周りを、小回りのきく小船が取り巻いている。
久々の水上戦であるが、いささか自信はあった。
私は、許西夏に本陣を守らせ、船を進ませた。
敵船から、しきりに矢が浴びせ掛けられた。
何百人かの兵が倒れた。
「応戦せよ!」
わが軍も矢で応戦した。
火矢を使うことも考えたが、もし風下に立てば、かえってこちらが危ない。
「ガガン!」
小船のいくつかが、ぶつかりあったようだ。
孫策軍の大将は、張昭。以下、軻比能
(かひのう)、諸葛均、カン沢、孫朗、
呉班、駱統、陸績、謝旌らであった。
大将が張昭と聞き、私は勝利を確信した。
彼の戦下手は、先の戦でよく分かっていたからだ。
それでも、さすがは楚軍。
巧みな船さばきで、わが軍の行く手をはばみ、上陸を許さない。
水軍を扱い慣れていない餡梨や幽壱などは、思うように兵を動かせず、
苦戦に陥っている。

一方――。
南海から進発した加礼王、孟獲、祝融、甘寧ら6万は、
柴桑の援軍、
上総介(かずさのすけ)、太郎丸(たろうまる)、紋次郎(もんじろう)
リョウ操ら4万と合流し、建安を攻めていた。
建安は、厳シュン、呂虔、セバス雨山、廬江より馬良、郭攸之らの援軍
計8万で迎撃に出てきた。
リョウ操の奮戦で首尾よく砦を落とし、
また、紋次郎が一騎討ちで呂虔を討ち取ると、楚軍は潰走した。
建安の城を奪取した加礼王、上総介は追撃を試みたが、
殿のセバス、雨山らが捨て身で応戦したため、
思いがけない被害をこうむり、廬江への追撃は中止した。

そして、先に攻められた漢中軍は見事、孫策軍を撃退したらしい。

こちらも負けてはおれぬ。
諸葛靖は一計を案じ、敵の軍船に鉄の鎖を次々と打ち込み、
がんじがらめにしてしまった。
足止めを食らった楚水軍は立ち往生し、
その間に私と紺碧空が上陸し、敵将・張昭の陣に迫った。

こうなると張昭は手も足も出ず、あっさりと敗走を始めた。
水上では軻比能を於我が討ち取り、呉班を餡梨が、
諸葛均を諸葛靖の兵が、それぞれ捕縛した。

戦いが終わり、諸将とともに捕虜を検分した。
「……均殿…」
諸葛靖が目に涙をにじませつつ、捕虜の諸葛均を見ている。
諸葛均は、名軍師・諸葛亮の実弟であり、
孫策には、上の兄・諸葛瑾とともに仕えていたという。
「均殿。無礼の段、ご容赦あれ」
私は、諸葛靖に目配せし、彼女の手で縄を解かせた。
「許しておくれ…本当は見逃してやりたかったんだけど、
 あなたと話がしたかった…」
縄を解かれ、目の前で落涙する諸葛靖を見ても、
諸葛均はキョトン、とした表情のままだった。
「無理もないわね…。私が家を出た時、
 あなたはまだ生まれたばかりだった…」
そこまで聞いて、諸葛均は目を見開き、姿勢を正して
諸葛靖の顔を食い入るように見た。
「靖…どの…ですか?」
「そうです…私は諸葛靖。あなたとは、いとこの間柄です」
「ああ…父上より話は聞いておりました…今日、
 ここでお会いできようとは…」
均の目にも、涙が湧き出てきた。
我々は、2人をその場に残し、隣室へ移った。

数刻後、諸葛均は私に仕官の挨拶に訪れた。
他に捕虜となった呉班を登用し、孫朗は逃がした。

216年-4月

長い冬が終わり、荊州にようやく春が訪れた。
江夏を攻め取ったとはいえ、各地で孫策軍を支持する豪族らが
蜂起し、片時も予断を許さぬ状況であった。

私は、江夏の陣で病床に臥していた。
度重なる戦で、疲労がたまったのかもしれない。
「ひと月ほど養生なされませ」
医術の心得がある餡梨の処方で、私は静養に努めていた。

「殿、お薬をお持ちしました」
餡梨の子、鳳凰がいつものように煎じた薬を持ってきてくれ、枕もとに置いた。
この青年も、実に立派になったものだ。

「さ、殿。飲まれませ」
「う、うむ」
しかし、薬が熱いので、私はいつもすぐには口をつけなかった。
「飲ませて差し上げましょう」
「いや、今は飲みたくないのじゃ」
さじですくって飲ませようとする鳳凰を、手で制した。

「火事だ、火事!」
「急いで消せ!」
そのとき、外で騒ぎ声がした。
「ん?何じゃ?」
「おそらく、兵糧を炊いでいた兵が火の扱いを誤ったのでしょう。
 おい、見て参れ」
鳳凰は、近衛兵に様子を見に行かせた。
「さ、殿。薬を飲まぬと、良くなりませぬぞ」
「ああ、分かった」
私は仕方なく、薬の椀を取った。
「…………」
何となく、いつもと違う味がした。
椀の中の液体に光があたり、幕の天井がかすかに映っている。
そのとき…キラリと鏡のような光を椀の中に認め、
私はとっさに身を起こした。
今、まさに、鳳凰が私に向かって短刀を振り下ろそうとしている!!
私は、咄嗟に身を翻し、寝台の向こう側へ転がり落ちた。
「ズン!」
剣が寝台に突き立つ音がした。
身を起こすと、鳳凰は短刀を寝台から引き抜き、
寝台に飛び乗った。そして再度突きかかってくる!
私は、卓に置かれていた壺を取り上げ、それを鳳凰に投げた。
しかし鳳凰は身をかわし、短刀を突きだした。
私は危うく突かれるのをまぬがれ、それをかわす。
鳳凰が短刀を構え直した。
ようやく私は叫んだ。
「血迷うたか、鳳凰!!」

体が重く、頭がくらくらする。
病のせいだけではない。どうやら、先程の薬に何か入っていたらしい。
「哲坊!一族の命により、お命頂戴する!」
鳳凰が叫び、飛び掛ってきた。
私は、鳳凰の体を跳ねのけようとしたが、力が入らず組み敷かれてしまった。
「母上を返せ!」
鳳凰が叫んでいた。
私は、必死に両手で鳳凰の右手首を掴みながら、
(母上…!?)考えていた。
しかし、薬のせいだろうか、力が入らない。
鳳凰は、馬乗りになり、左の手で私の喉を絞めている。
「ぐ……」
意識が遠のいていく…。

「鳳凰!!何をしているのです!」
餡梨の声だった。
「ちっ!」
鳳凰は、舌打ちし、立ち上がると、入口で唖然としている餡梨をよそに、
帳幕を切り破り、外へ出ていってしまった。
「うわっ」
数人の兵の悲鳴が聞こえた。
鳳凰が斬り倒したのか?
……そこまで考え、私の思考は深い闇に飲み込まれた。

 

…気が付くと、別の帳幕に寝かされていた。
「おお、気がつかれたようじゃ!」
於我、諸葛靖らが覗き込んでいる。
「一体、何があったのだ…」
私は、まだ朦朧とする頭を整理すると、彼らに尋ねた。
「逃げた鳳凰を、餡梨殿が追って出て行かれました。
 我々にも何がなんだかさっぱり…」
紺碧空が困惑顔で云った。
私は、気を失う前のことを思い出すと、鳳凰に薬を飲まされ、
斬りかかられたことを説明した。

「おそらく鳳凰殿は…敵の間者だったのでしょう」
諸葛靖が思案して云った。
「いや、間者というより、刺客ですな。殿の命を奪おうとしたのだから」
幽壱が補足する。
「ご主君の命を狙う者は多いと思うが、我々もすっかりだまされていた」
無口な許西夏が珍しく云う。
「餡梨は、鳳凰を追って行ったのか?」
餡梨の姿が無いのをみとめ、私は尋ねた。
「は。鳳凰を捕らえて連れ戻すといい、先刻…」
於我だった。

「そうか…」
私は重い頭を働かせて、考え込んだ。
鳳凰が最後に云った言葉…
「母上を返せ…!」
とは、どういうことだろう…?

ふと、今まで闇に包まれていた過去の記憶の壁が、
微かに薄くなったような気がした。
おぼろげではあるが、徐々に何かを取り戻せそうだ。
しかし、形にするには、まだ時間がかかりそうだった。

数日後、病の癒えた私は、長江の畔に立ち、
はるか北の水平線を長い間見つめていた。

 

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