三國志VII 奮闘記 16

 

大陸と倭国の間にある、一支(いき)国から送られてきた、
哲坊からの書簡は、他人に内容がばれぬよう、暗号で記されていた。
紗弥
(さや)は、それを幾度も読み返すうち、ようやく意味を解読することができた。
「過日は火急のため失礼した。いつの日か、迎えに戻る」
紗弥は、その筆跡を眺めるたび、あの夜のことを思い返すのだった。
わが子・幸村は、族長
(おさ)の腹心である桂原家に養子として与えられてしまった。
真田一族の家臣である紗弥の一家は、
族長には決して逆らうことのできぬ立場にあったのだ…。


―― 幸村が養子入りした、真田一族の重鎮・桂原仁には、
同じ年頃の信幸
(のぶゆき)という男子がいた。
幸村は、信幸の義弟となった。
話を聞けば、桂原仁もまた、信幸の本当の父親ではなかった。
信幸の本当の両親は、先年、狗奴国
( くなのくに)との戦で死んだ。
狗奴国は、真田一族が代々仕えている倭国
(やまとのくに)と敵対していた。
倭に比べて、その規模は小さいが、倭を脅かす存在の強国であった。

両親を討ったのは、狗奴国の哲坊(てつぼう)という男だという。
ところが、その哲坊は数年前に行方をくらましていた。
一説には大陸へ逃れていったという。
信幸は、いつの日かその仇を討つのだ、といった。
真田一族の誰も、また幸村自身も、
幸村の実の父親がその哲坊だとは知らなかった。
紗弥はそれを誰にも話さなかったのである。

1年前に、まだ幼い信幸に代わり、桂原家からは、
仁の弟・
桂原豊という若者と、その従妹・彩乃(あやの)という戦士たちが選ばれ、
哲坊討伐のため、大陸に渡っていた。
もちろん、そのためだけではない。
敵国・狗奴国の宝物庫から、龍の方壺
(ほうこ)が盗まれたという噂が流れた。
龍の方壺は、この島国に代々伝わる秘宝であり、
その存在こそが、彼等の勇猛さの象徴でもあった。
壺が失われたとなれば、倭国、狗奴国とも
象徴を失い、戦闘部族としての面目が立たないのである。
彼らは、壺を奪い合い、互いに力の均衡を保っていたのである。
実際に ここ数年、大規模な戦闘はなく、束の間の平和に喜ぶ者もいたが、
それは次第に、彼らの覇気を喪失させ、農耕にも狩りにも身が入らなかった。
両国は食料難に陥った。

壺を盗んだ犯人は、姿をくらました時期から見て、哲坊だという。

ここに至り、両国―― 倭国の女王と、狗奴国の王は手を組んだ。
裏切り者の哲坊を殺し、龍の方壺を奪還することが、
討伐隊の目的であった。
これまでにも幾度か組織されたが、大陸から戻った者はいないという。
桂原豊、彩乃からは、これまでの所、何の連絡もない。
数年後、再び両国から何人かが選抜され、討伐隊が組まれた。

かくして信幸、幸村は、彼等との連絡をとる目的も含めた討伐隊に加わり、
大陸へ渡る船に乗せられたのである。
中には、同年代の子供らも何人かいた。

しかし――。
途中、一行の船は、数隻の海賊船に襲われた。
乗組員の男は次々と海賊たちに殺された。
女は無理矢理、海賊の船に連れ込まれた。
「母上…!」
同年代の子供が、母親と引き離されて叫んでいた。
残った子供らは、あるいは海に投げ込まれ、
あるいは奴隷として売られるか使われるのだろう、海賊らに捕まった。
兄弟は、離れ離れになった。
信幸は海賊船に押し込められ、幸村は海に投げ捨てられたのである。
「ゆきむらーっ!」
信幸の声が、むなしく海に響いていた…。

●倭国・人物相関図(参考)


220年-4月

「出て来い呂布!!虎牢関での決着をつけようぞ!!」
張飛の雷鳴のような叫びが、戦場に轟きわたった。

は、韓軍(劉備軍)とともに、呂布の篭る北平城を取り囲んでいた。
北平の残存兵力はおよそ5万。
わが軍と韓軍25万に挟み撃ちにされては、
さすがの呂布軍も城を堅く守るしかなかったようだ。

「呂布ーーー!!!」
韓軍の大将は、劉備の義弟・張飛であった。
張飛は、一丈八尺の巨大な蛇矛を振りかざしながら、
呂布に向けて呼ばわっていた。

やがて…
城の掛け橋が降ろされ、中から1人の将が数騎を従えて姿を現した。
黄金の鎧に金冠をいただき、右手に方天画戟をひっさげ、
馬も小さく見えんばかりに踏みまたがったその姿こそ、
間違いなく呂布その人であった。
張飛と呂布…伝説として語り継がれる虎牢関の戦い以来、
当代きっての豪傑同士が戦場で再びあいまみえた。
「へへ、そう来なくっちゃあなぁ!」
張飛は蛇矛を構えると、呂布に向けて静かに馬を進めた。
わが軍からは、紋次郎(もんじろう)於我(おが)らが進み出ようとした。
「呂布との打ち合いは禁止と言っておろう」
私は、両名に釘をさした。
「いや張飛殿とともにかかれば呂布といえども…」
於我らは、構わず出ようとする。
それを目の端に認めた張飛が振り返った。
「手出し無用!!」
その気迫に押され、わが軍の将兵らはびくっと歩を止めた。

両者が武器を合わせた。
戦いは程なくして熱を帯びた。
喚き合い、叫び声をあげ、火花を散らし、そのもてる技すべてを
披露するかのように打ち合っている。
「す、すごい…」
両軍の将兵たちはただ固唾を飲んで見守るばかりである。
熱戦は200余合にも及んだが、両者の勢いはいよいよ盛んであった。
かえって馬の方が疲労の色を強くしていた。
呂布の馬が、ぺたん、と前足を折った。
呂布は、踏みとどまろうとしたものの、勢いで前方に投げ出された。
その刹那、張飛の繰り出した蛇矛が呂布の頬を掠めた。
呂布は地に叩きつけられても方天画戟を離すことなく、むっくりと起き上がった。
頬からは鮮血が滴っていたが、顔色ひとつ変えずに、
「来い、張飛」
とだけ言った。
「おもしれえ…」
張飛の馬もつぶれかけていた。
張飛は自ら地に降り立った。
「行くぞ!」
両者は徒歩のまま、再度激戦に及んだ。
幾度か、丈八の蛇矛が呂布の鎧をかすめ、
また方天画戟が張飛の兜をかすめた。
しかし、互いに危うくなりながらも譲らず、決定打には至らない。
ふと、両者は互いに繰り出された相手の武器を脇に抱え込み、
そのまま動かなくなった。
咆哮が止んだ。
しかし、激しい殺気は、未だ両雄の眼から放たれている。
互いに力をこめて、自分の武器を引き抜こうとするが、
しかし、一方で捕らえられまいと、力を込めている。
バキッ!!
張飛の蛇矛が折れた。
「ふぬーっ!」
バキッ!!
それを認めた張飛は、同時に渾身の力を込めて呂布の戟を折った。
呂布は、腰の剣を抜く間も惜しんだか、
張飛のふところに飛び込み、みぞおちに強烈な膝蹴りを放った。
「ぐふっ!」
張飛は前のめりに倒れかけたが、踏みとどまり、
そのまま呂布の顎に拳を叩き込んだ。
呂布は一瞬のけぞったものの、すぐさま右拳で殴り返す。
張飛はすばやく呂布の懐に飛び込んで、はがい絞めした。
そして、そのまま呂布の首筋に噛みつく。
「うぐぅ…」
今度は呂布がうめき声をあげた。
張飛の恐ろしい怪力ではがい絞めされ、首筋からは血が溢れ出している。
呂布は、拳を振り上げ、張飛の頭を殴りつけた。
しかし張飛は離さない。
呂布は苦悶の表情を浮かべ、
渾身の力で張飛の頭を抱え込み、そのまま引き剥がした。
「うがっ!」
首筋に食い込んでいた張飛の歯が、何本か抜けたようだった。
同時に呂布の首筋からは、おびただしいほどの血が吹きだした。
呂布はそのまま張飛の顔面に頭突きを入れ、
腹を目掛けて膝蹴りを何発も叩きこんだ。
「ごほっ」
張飛は、たまらず、血を吐いてうめいた。
呂布は張飛の頭を脇に抱え込み、そのまま絞めあげた。
張飛は、ばたばたと暴れて抵抗したが、やがて動きがやんだ。
絞められて呼吸が止まったのだろう。
呂布は、そのまま渾身の力を込めて上体を反らした。
ゴキッ!
にぶい音がした。
呂布が手をほどくと、張飛の体は抵抗なく、うつ伏せに倒れこんだ。
張飛はもう起き上がって来なかった。

しばらくの間、誰も動こうとはしなかった。

「シュウ……」
顔中血まみれとなった呂布は、息を吐き、わが軍に目を向けた。
「うっ…」
その殺気だった目を見るや、わが軍に戦慄が走った。
見ると、張飛を討たれて戦意喪失したか、韓軍はそろそろと陣を退きだしている。
「い、一旦陣を退け」
私は、やむなく陣を返し、数里後退した。

退却の間も、振り返ると呂布がそこまで迫って来ているようで、
わが軍は必死で引き揚げた。

翌日、韓軍の第二波が到着しつつあるという報を受け、
北平城へ来てみると、果たして、韓軍は昨日の倍以上の兵力を投入してきていた。
韓軍は、軍師・諸葛亮自らはもちろん、
馬超、張任、郭淮ら名だたる将が出てきていた。
前日は張飛が独断で先走ったのかも知れない。

わが軍は、諸葛亮の軍とともに、総攻めを開始した。
韓軍は、見たこともない兵器を沢山用いていた。
十本の矢を一度に発射できる巨大な弓、
大きな石を自動的に発射できる装置などである。
この攻撃には、たまらず呂布軍もあわてふためき、ついに城門を開いて
討って出てきた。
もとより、城の三方は、固められてある。
残った南門から、呂布はじめ、張遼、荒賢(こうけん)伯虎(たけとら)髭鏡(しきょう)
びーさる伊那猫(いなねこ)ら主だった将兵らが次々と姿を現した。
「よし、総攻撃!ただし、呂布とは勝負するな、じりじりと囲めい!」
私は号令をくだした。
乱戦の中、わが軍と劉備の連合軍は数で呂布軍を圧倒し、
じりじりと包囲を固めていった。
見ると、
幽壱(ゆうわん)に敵将・張遼が挑みかかっていた。
勝負を受け、しばらく打ち合った幽壱だったが、
張遼の猛攻に押しまくられ、ついに捕らえられてしまった。
「幽壱が捕らわれた!救出に向かうぞ!!」
私も、自らの軍を救援に向けた。
しかし、敵も必死の反撃を見せ、なかなか張遼に近づけない。
周囲では、それぞれの将同士が一騎討ちに及んでいた。
紋次郎は、荒賢と。
於我は、伯虎と。
そして、今しがた幽壱を捕虜とした張遼には、
韓軍の馬超が挑みかかった。
「劉備に降っていたのか…」
あの馬騰の息子、馬超とこんな形で戦場で再会しようとは…。

「哲坊、覚悟!」
振り向けば、敵軍の女将、伊那猫が今しも踊りかかってくるところであった。
そこへ、
「哲坊殿!お下がりを!」
と、私の前に出て、伊那猫に向かっていった者がある。
先ごろ、臣下となったばかりの蔡援紀(さいえんき)であった。
伊那猫は、蔡援紀の鉄鞭を数度受け止め、手強いと思ったか、馬首を返した。
しかし、わが軍の兵がその行く手を遮り、
追いついた蔡援紀が伊那猫の鎧を掴んで引き落とし、兵に捕らえさせた。

於我と伯虎は互角の勝負を展開していた。
「お主、やるな!哲坊軍に入らんか!?」
「ほざけ!」
於我が言えば、伯虎は渾身の力で槍を振るった。
紋次郎と荒賢もまた、激しい打ち合いを展開していた。
「二刀流とは小癪な!おらあっ!」
「うぬっ」
紋次郎の青龍刀が、荒賢の2振りの刀のうち、
一刀を弾き飛ばしたところだった。
韓軍の馬超は、張遼と渡り合っている。

呂布は…と見れば、軍の中央で身じろぎもせず戦況を見ている。
時折近づく兵があれば、槍を一閃させて斬りふせていた。
昨日、傷を受けた首には包帯が巻かれているが、苦にする様子もない。
わが軍と韓軍は、数で圧倒的に呂布軍に勝っているため、
徐々に包囲を狭め、敵を次第に追い詰めていった。
突然、諸葛亮の軍がさっと割れた。
呂布軍は、そこが突破口とばかりになだれ込む。
それをわが軍が追撃する。
戦場は、形を保ちつつ南へ移動していった。
城の包囲は、諸葛靖(しょかつせい)隊、郭淮隊が引き続いて行なっている。

その先には、谷があった。
「諸葛亮、奴らを谷へ追い落とそうというのか」
私は、韓軍の奥深くに見える「帥」の旗を見ながらつぶやいた。
見ると、韓軍の張任が、呂布軍の賈範を討ち取っていた。
続いて馬超が、張遼の槍を叩き落とし、捕縛した。
張遼の兵が壊滅し、わが軍の兵が幽壱を救出した。
紋次郎は、荒賢の一瞬の隙をついて飛びかかり、鎧を掴んで落馬させた。
すかさず兵らが荒賢を捕らえる。
セバスは、あわてふためいている髭鏡に打ちかかり、あっさり捕縛した。
そして、わが本隊に奇襲してきた陳震を、私は自ら討ち取った。
呂布軍必死の抵抗に、わが軍と韓軍の被害も甚大だったが、
敵の数は、確実に減っていった。

ついに、わが軍は谷の手前に呂布らを追い詰めた。
もはや呂布に従う兵はわずか数十騎であった。
伯虎も、乱戦の中で於我の兵らが捕らえていた。
わが軍と韓軍の将兵らは、一気に打ちかかった。
立ちふさがった呂布の兵が次々と倒れる。
しかし、呂布に近づくやその鋭い槍さばきの前に、
一合と立っていられず、味方の兵はばたばたと倒れた。
馬超、紋次郎、セバス、蔡援紀らが、数十人とともに打ちかかった。
狭い崖っぷちのため、大勢ではかかれないのである。
ガツン!
先頭の兵らが数人打ち倒されると、雪崩式に後続の兵も進めず、押し戻される。
「ちいっ!弓だ、弓を放て!」
馬超が兵らに命令する。
弓兵が進み出て、呂布軍に射掛けた。
たまらず、呂布の兵らがまた何人か倒れた。

しかし、精鋭たちはひるまず、矢を払い落としている。
呂布は、兵から大弓を受け取ると、こちらの射撃手目掛けて、次々と矢を放った。
呂布の矢は目標を違えることなく、1本1本正確に味方の兵を貫いた。
「普通の弓ではいかん、これを使うのだ」
韓軍から進み出たのは、諸葛亮だった。
そして、馬超に大弓を手渡した。
兵らも、馬超と同じものを手にとった。
それは、諸葛亮が考案した、10本の矢を同時に放つことができる弓であった。
「放て!」
兵らは、一斉に射撃した。
「うわぁー!」
呂布の兵らは数百本の矢を浴びて、なすすべなく倒れた。
全員が矢を浴び、あるいは谷底へ落ちて死んだ。
…いや、まだ1人残っていた。
呂布であった。
その体には、何本もの矢が突き刺さっていたが、
意に介さず、こちらを睨みつけている。
びゅん、とまた何十本かの矢が飛んだ。
そのうちの一本が、呂布の額に突き立った。
呂布は大きく身をのけぞらせたが、その矢を手で引き抜いた。

味方の兵――わが軍も韓軍も、じっとその様子を見ていた。
「ふふふふ…」
やがて、笑い声が聞こえた。恐ろしく低い声だった。
呂布だ。
「諸葛亮!哲坊!貴様らに俺は殺せん!!」
呂布は、馬からひらりと飛び降りると、こちら目掛けて、
手にした槍を放り投げた。その槍は真っ直ぐ飛んできて、
わが軍の大将旗のど真ん中をぶち抜き、地面に突き刺さった。
「呂布は、呂布は不滅なり!!」
呂布は吼えると、谷に向かって身を躍らせた。
「あ……」
わが軍は、唖然としたまま、呂布の体が崖の向こうへ消えるのを眺めていた。

城も、落ちていた。
捕らえられていた太郎丸(たろうまる)上総介(かずさのすけ)も救出された。
最後まで城を守った呂布軍の知将・荀シンは郭淮に捕らえられ、
びーさるは、南へ落ち延びていった。
私は、韓軍の諸葛亮とともに、北平城に入り、捕虜を検分した。
「降る者は、立つがよい」
私は、跪いている捕虜たちに言った。
誰も立たなかった。
伯虎(たけとら)が、じっと私を凝視していた。
「くやしかろう。もし私に降るのが嫌なら、放ってやろう」
伯虎は、意外な面持ちになったが、言った。
「俺の願いは、父・沮授の遺骨を、北方に埋めてやることだ」
「ほう…」
「父は、長城の向こうを見たがっていた」
伯虎は、それを言うと、うなだれた。
私は少々考え、兵に縄を解かせた。
「北へ行ったのち、貴殿がもし私に仕える気になったら、戻って来るがよい」
伯虎は、私の目をしばらく見ていたが、黙って馬に跨ると、
風のように去っていった。

髭鏡(しきょう)、と申したか?」
私は、髭を生やした小柄な男に尋ねた。
「はい…」
「お主はどう致す?」
「私は…この村にある塾を復興させて、子供達に学問を…」
「そうか、ならば止めはせぬ」

「哲坊殿…」
「ん?」
「いや、何でもござらん。かたじけない…」
髭鏡は、縄を解かれて馬を受け取ると、東へ走り去った。

「その方らはどうじゃ?」
私は、うなだれている荒賢と伊那猫を見た。
「そこにおられる、紋次郎殿にしてやられました。願わくば、仕官を…」
荒賢は顔をあげてにやりと笑った。
「同じく。蔡援紀殿に武芸の教えを乞いたく…」
伊那猫も顔を上げた。
「よし…さて、孔明殿。残りは如何なさる?」
あとには、韓軍が捕らえた張遼、荀シンらが残った。

「お待ちを…」
上総介が進み出た。
「その、張遼殿は武勇のみならず、人物的にも優れた方です。
 助けてあげてくだされ」
上総介は、諸葛亮に懇願した。

「私も、もとよりそのつもりだが…」
諸葛亮は笑みを浮かべた。
縄を解かれた張遼は、しばし沈黙していたが、
「上総介殿と申されたな。わしをかくも評価していただき、有難く思う。
 しかし、わしは曹操を裏切り、武を信じ、呂布殿に賭けた。
 呂布殿が死んだ今、どうしておめおめと生き恥をさらせよう…」
静かに言うや、城郭のへりに走った。
「あっ、張遼殿!」
「しかと見よ、わしにとって敗北とは、こういうことだ!」
言い放ち、張遼は身を投げた。
「ちょ、張遼殿ーっ!!」
上総介が叫んだときには、張遼の体は、はるか下の地面に叩きつけられていた。
「しまった…」
韓軍も、わが軍も、その死を悼んだ。

残りの捕虜は韓軍に降り、
諸葛亮はわが軍にこの城の統治権を譲るというと、軍を返した。
「では。哲坊殿…」
「孔明殿…」
「今度会うのは戦場ですかな?」
「張飛殿を死なせてしまった。劉備殿にくれぐれも…」
「いえ、あれは私の失策。お気になさいますな…」


「よいのか?」
私は、傍らに立って韓軍を見送る諸葛靖に尋ねた。
「はい…。彼は韓の軍師。いつか…時が来るまで…」
諸葛靖は、先ほどの捕虜検分の際も表に出て来ず、
諸葛亮と顔を合わせなかったのだ。
諸葛靖は、去り行く韓軍の姿をじっと見送っていた。

221年-2月

この1年で、情勢はまた変化していた。
曹操軍は、昨年末に北海に侵攻、一気に城陽を攻め落とし、
楚の孫権軍をあっという間に滅亡させてしまったのである。
わが領の廬江にも、寿春の夏侯惇、
伏姫(ふせひめ)らが攻め込んで来たが、
徐盛らがなんとか撃退した。

年明けになると、曹操は官爵を「公」から「王」とし、「魏王」と名乗った。

その間、劉備の韓も手薄な魏の背後を攻め、南皮と上党を占拠した。
わが軍は、韓に阻まれ、北平に釘付けとなったのである。
「ふふ、これも諸葛亮の策か」
「どういうことです?」
蔡援紀が私に尋ねる。
「わが軍に北平を譲った魂胆だ。荒廃した土地や城を整備させ、
 その隙に曹操の背後をついて領土を広げる。そうすれば、
 わが軍は北平から南には行けぬし、東は海だ。
 つまり、我々はここ幽州に閉じ込められたのだよ。してやられたわ」
「ご主君、こうなってはもはや呉に戻るしか…」
幽壱が進言する。
「ううむ…」
考えていると、ある一団が私を訪ねてきたという。
出迎えると、一団の先頭に懐かしい顔があった。
餡梨(あんり)ではないか。よう戻ってきたのう!
私は、餡梨たちに駆け寄った。

 

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倭国・人物相関図(参考)

 

 

 

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