武田戦記(一) 上田原 うつけゆーろー先生作

「板垣信方様、御討ち死にっ!」
武田晴信はその悲報を床几の上で聞いた。
「板垣様、御討ち死にっ!」
悲報をしらせた武士は晴信の前で
どぅっ。
馬から離れて地面に背中を付けた。
背中を三本の矢がつらぬいている。
天文十七年二月の空に暗雲がたちこめ、千曲川の水面は反射することをやめた。

武田軍の先鋒、板垣信方は敵の村上軍を押しまくり、切り崩した。
しかし、敗走する村上軍を、先頭に立って追撃していた信方は、村上軍の不意の攻撃によって討ち取られたのである。

信方の討ち死にによって形勢は一変した。
上田原の大地には、主将を無くして混乱する板垣軍が、それこそ蜘蛛の子を散らしたように動き回っている。その中を真っ黒になって突き進む村上軍は真っ直ぐに晴信の旗本を目指している。
飯富虎昌、小山田信茂、武田信繁らの部隊が村上軍を食い止めようと、敵の正面に出た。双方とも必死で互角の勝負。上田原にはもうもうと砂ぼこりが立ち、晴信の旗本からは形勢が定かには見えない。

「義清の旗本がこちらに向かっておりまする!」
義清の旗本は混戦から脱し、孤立している晴信の旗本に突進してきた。旗本どうしの戦いによって「けり」をつけるつもりのようである。
「馬曳けいっ!」
晴信は後詰の部隊に命令を下すと、馬に飛び乗り、義清を迎え撃つ態勢を整えた。
晴信は義清を討ち取るつもりである。
もちろん義清も同じ思いであったろう。

義清軍は猛烈に突進してきた。兵数は五分五分である。

大混戦となった。

敵味方の区別がわからぬ程である。晴信は大身の槍をふるって戦場を駆け回り、村上軍の兵を何人も斬り倒した。それと同じ時、義清も槍をふりまわし、武田の兵をたおしていた。
二人はお互いを探していた。お互い、相手を討ち取ろうとしているのだ。

二人は出会った。
「武田晴信殿とお見受け申す」
義清の野太い声が響いた。
「義清殿であるか」
「左様。一つ、勝負をいたされたし」
二人は槍を捨て、刀を抜いた。
近づいては刀を合わせ、離れてはまた近づいた。
まるで舞っているかのような軽やかさで。

何度か刀を合わせるうちに、義清の刀が晴信の肩に振り下ろされ、晴信は馬から落ちそうになった。その時、武田兵が晴信の体を支え、義清との距離を離した。
後詰の兵が到着したのである。
義清はやむなく馬を駆って戦場から離れた。

被害は武田軍のほうが大きかったが、村上軍も大きな被害を出し、双方、兵を退いた。



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